happiness:side美咲
web拍手のお礼に掲載した小説です。
「もしかしてわざと?」
その言葉に顔をあげると、そこにいたのは見たことあるけど話したことのない男子生徒。
「なんのこと?」
はじめて話すのに脈絡の掴めない言葉に、美咲は飲んでいたパックジュースをちゅーっと吸う。
教室棟と特別教室棟の間にある中庭のあちこちでは昼食を食べる生徒がいる。そんな中、桜の木の下でピンクのレジャーシートに一人で座っていた美咲に声をかけたのは菱谷だった。
美咲が一年以上片思いしている松岡の親友でよく一緒にいる菱谷の顔を思い出して見上げた美咲に、菱谷はじゃりっと地面を踏みしめて言う。
「藤堂さんさ、松岡のこと本当に好きなの?」
にやっと口元を歪めておかしそうに笑う菱谷に美咲は不快を感じるが、それは表情にはでない。出さない訳じゃなくて、もともと感情が表情に出にくい。そのせいで友達は少ないし、敬遠されて寂しい思いもするが、こういう時は苛立ちが表に出て相手の気分を害することがなくていいとも思う。
だけど、自分の気持ちを疑う言葉に言い返さずにはいられなかった。
「好きよ――」
まっすぐに菱谷を見上げ、強い口調できっぱりと言い切る。
ついさっきまで松岡が座っていた場所を見て、それから視線を渡り廊下の向こうに向ける。
芹香を追って風のように走っていき、今はもう見えなくなった松岡の背中を思い出してきゅっと胸が締め付けられる。
好きだから……松岡君にはもっと頑張ってもらわないといけないのよ――
芹香ちゃんが松岡君を好きって気づくように。松岡君が芹香ちゃんを捕まえるように――
そのためなら自分が悪役になってもいいかなって、思う。
初対面で優しく話しかけてくれた二人だから――
じぃーっと渡り廊下を眺める美咲の視線を追って振り返る菱谷。
「もっと危機感もってもらわないと――」
ぼそっとつぶやいた美咲の声は風に流されて、誰にも聞かれることはなかった。
※ 第17話と第52話の中庭から芹香が走っていて松岡が追いかけた後の、美咲視点の中庭の1コマです。




