第69話 二人だから
「で? 松岡君、うちらに言うことがあるんじゃない?」
みんなのケーキが運ばれてきたところで、結衣が向かいに座る松にビシッとフォークをつきつける。それをさりげなく八木君が下ろさせて、松の端正な顔がぴしっと固まる。
松が結衣に言うことって何だろうと思って首を傾げ、みんなの視線が松に注がれる。
さっきは結衣の向かい側の席に座っていた私はいま結衣の隣に座っている。その奥が八木君、向かいの奥から美咲ちゃん、菱谷君、陽太君、そして私が座っていた席に松が座っている。陽太君の隣に松が座ってるのって変なの……
というか、松と陽太君、陽太君と菱谷君、菱谷君と美咲ちゃん、それぞれ接点がない人同士が隣に座っていて新鮮なカンジ。
あまりにも長い間、松は黙っていて、それから何かを思いきるようにきゅっと唇をかみしめて一気に言う。
「芹と付き合うことになったから――」
言ったぞ――って満足げな視線を松は結衣に向け、結衣がにやりと笑う。
私は頭の中に疑問符がいくつも浮かんで、首を傾げる。
松が結衣に言うことってそれ? いまさらそんなこと言う必要があるのかな……?
だって、ここにいる人みんな――八木君と菱谷君はどうかわからないけど、八木君は結衣から聞いていそうだし、その流れか松から菱谷君も聞いていそうなのに――付き合ってる宣言をする必要があるのかな……?
結衣ははぁーっと呆れたような大きなため息をついて、机に肘をつく。
「やっと言ったのね~、自覚してから言うまで時間かかりすぎじゃないの? その間に芹が誰かに持ってかれちゃうなんて思わなかったのかしら?」
言って結衣は、ちらっと松の隣の陽太君を見る。その視線を受けた陽太君は口元に薄い笑みを浮かべて、涼しい顔でコーヒーをすする。
「まあまあ、結衣。松岡は初恋なんだから」
あっ、八木君は松が初恋だって知ってるんだ。そんなことを他人事のように考える。八木君の向かいの席では菱谷君もにやにやっと笑っている。
「まっ、ヘタレの松岡はよく頑張ったって。落ち着くとこに落ち着いたんだからいいんじゃね、結果オーライってやつ?」
肩をすくめて言う菱谷君に、隣の陽太君が長い睫毛を伏せて視線をコーヒーに注いだまま言う。
「初恋は実らない――っていうからね、この先どうなるかは分からないんじゃない?」
わぁー、穏やかな陽太君の言葉に棘が見える気がする。苦笑していると、視線をあげた陽太君と目があって、ふわっと春のお日様みたいな笑顔を向けられて、つられてへらっと笑ってしまう。
「初恋で、初カノ?」
八木君が松を指して、私を見るから、一瞬、その場の空気が凍る。
「啓斗っ!」
結衣が小声で名を呼んで、肘で脇腹をつつく。みんなが黙りこんだ重たい空気を破ったのは、鈴の音を転がしたような美咲ちゃんの声。
「初カノ――でしょ?」
松からみんなの視線が美咲ちゃんへと移動する。それまで黙々とケーキを食べてた美咲ちゃんは、フォークでショートケーキのいちごをすくって口に運ぶ。
「芹香ちゃんが松岡君の初カノでしょ」
今度はきっぱりした口調で言う。
「えっ、だって藤堂さんと松岡って付き合ってたんだろ?」
菱谷君が「あれ?」って首を傾げて、みんなの気持ちを代弁する。
「付き合ってないわ」
そう言った美咲ちゃんが、ちらっと私を見て微笑む。その瞳が一筋の憂いの影があって私の胸をとらえる。
「えっ、でも中庭でランチしたりしてたじゃない……?」
結衣が訝しげに言って、美咲ちゃんを見る。
美咲ちゃんが一緒でもいいか聞いた時に、結衣に美咲ちゃんと松のことを聞かれたけど、メールだったから大丈夫とだけ言って、詳しい説明をしてなかった。
「あれは、松岡君に芹香ちゃんのことを相談されてただけだから。ランチに芹香ちゃんも誘ったのはそういう理由――」
そう言って美咲ちゃんがケーキをまた一口、口に運ぶ。
「へぇ~、そうだったんだ」
八木君が納得したように頷いて、結衣と菱谷君はまだ納得いっていないような視線を美咲ちゃんに向けて、陽太君は美咲ちゃんの方を向かず、松は瞠目して美咲ちゃんを見ていた。
私は本当のことを知っているから、美咲ちゃんが嘘をついてるって分かってた。でもそれは、私と松を守るための優しい嘘だから、胸が締め付けられて言葉がでなかった。
「まぁ、確かに――」
菱谷君の真剣な声に顔をあげると、いつものちょっとおちゃらけた口調に戻る。
「松岡と藤堂さんが付き合ってるんじゃないかって噂と一緒に、松岡と芹香ちゃんが付き合ってるって噂も流れてたしなぁ~。噂なんて当てになんないよなぁ~」
「えっ、そんな噂流れてたの!? 」
驚いて大きな声をあげると、みんなの視線が一気に私にむいてじぃーっと見つめられる。なんだろう、このちょっと馬鹿にされたような呆れたような視線は……
「うん、芹香は知らないと思ってたよ」
同情するように、結衣にぽんって肩を叩かれてくしゃっと顔を切なく歪める。
うぅ、なにも反論できない……
「あーあ、それにしてもこーんな男には芹香はもったいないよ」
ジロっと鋭い視線を向けた結衣が私に抱きつきながら言う。
「ちょっとにぶいけど、運動神経いいし、顔よし性格よし、その上、頭までいいんだから」
なんだかちょっくらけなされてなかったかい……?
松のこめかみが引きつっているけど、言い返せないみたい……
「芹香、今からでももっとイイ男、紹介してあげるよっ」
真剣な口調で結衣に言われてビックリする。
「えっ、いらないよっ。私は松のことが――」
そこまで言って、じぃーっとみんなの視線が刺さっていることに気づいて、自分でも分かるくらいかぁーっと顔が赤くなってあたふたとする。
わぁー、みんなの前で好きとか言いそうになっちゃった――
恥ずかしさに泣きそうになって、陽太君と視線があう。
陽太君だけはずっと私の気持ちを知っていてくれたから、いまさら恥ずかしいとかなくてすがってしまう。
わーん、助けて、陽太くーんっ!
私の心の叫びが聞こえたのか、陽太君がふんわりと微笑む。だけど。
「芹香さん、松岡に嫌気がさしたら、俺のとこに相談にきなよ」
眩しい笑顔の陽太君の言葉に、松の周りの空気が一気に険悪になる。
「芹――」
「はっ、はいっ!?」
鋭い口調で名前を呼ばれて、ぴしっと姿勢を正して答えてしまう。
松は威圧的な目線で私を見て立ち上がると、私の腕を引っ張って走り出した。
ええ――!?
「ちょっと、松岡君――!?」
結衣の憤慨した声がしまっていく扉にかき消されて、強い力で腕をひかれて、ぐんぐんスピードが加速していく。私はもう、必死になって走らないと足がもつれて転びそうで、口を開くことも出来なくて、必死にただ足を動かした。
うぅ……、現役陸上部の走りについていくのは無理だよぉ……
「まつ、ちょっと、待って……」
ぜえぜえしながら言うと、やっと松は止まってくれた。ケーキ屋さんから結構遠くまできてしまった。
「突然、どうしたの……?」
なんとか息を整えて言うと、目の前に立つ松は息一つみださずに涼やかな表情で私を見下ろしている。その瞳には言い知れぬ熱が宿っていて、強く私をとらえてドキっとする。
つながれた手にきゅっと力が込められて、松が眉根を寄せる。
「小姑がいっぱいいて――」
その言葉に吹き出してしまう。
「なにそれ?」
「渡瀬も八木も菱谷も藤堂も、みんな芹の見方だろ? 俺と芹が釣り合わないみたいなこと言いやがって……」
「美咲ちゃんも?」
くすっと笑って言うと。
「芹のこと大好きって藤堂の顔に書いてある」
「そうかな?」
ふてくされた顔が可愛くてくすくすと笑うと、松が片眉をあげて私を睨む。だけど、そんな顔もなんだか懐かしくて笑ってしまう。
こんなふうにどうでもいいような話をして、笑いあって、手の届くこの距離感が居心地いい。
にこっと笑って隣に立つ松の顔を見上げれば、不満そうにぎゅっと眉根を寄せて、それから白い歯を覗かせて笑む。
その頬にえくぼを見つけて、胸の奥がくすぐったくなる。
松のことが好きだなって心から思って、いまこうやって一緒にいられることが嬉しい。
松と一緒なら楽しい。
つながれた手にきゅっと力を込めて、跳ねるように一歩を踏み出す。
「大丈夫だよ。二人一緒なら、ね」
本編はこれで完結となりますが、
このあと第70話と拍手お礼小説を投稿します。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
一言でも感想やコメント、評価頂けると嬉しいです。
また、誤字などありましたらお知らせください<m(__)m>




