第67話 友達でいたいから
結衣から電話をもらって、美咲ちゃんとちゃんと話さないといけないと思った。
『芹香ちゃん……?』
通話口の向こうから戸惑いがちな美咲ちゃんの声が聞こえて、私はなるべく明るい口調で話しかける。
「突然電話してごめんね、今大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ。どうかした?』
私は落ち着きなく部屋の中をうろうろ歩きながら、携帯を耳に押し当てた。
「あのね、美咲ちゃんにちゃんと言いたいことがあって」
『なあに?』
可愛らしい声で聞き返されて、胸が締め付けられる。
美咲ちゃんはいつも私に本当のことを話してくれたのに、私は一度も正直な自分の気持ちを打ち明けていなかったことに気づいて苦しくなる。
「私も……松のことが好きなの、ずっと黙っててごめんね。美咲ちゃんは何度も私に松のことどう思ってるのかって聞いたのに、私は友達っていつもそう答えて」
松のことを好きだと打ち明けてくれた美咲ちゃんには、ちゃんと自分の口から気持ちを伝えたかった。
「あの時は――本当に松のことは友達だと思ってたの。美咲ちゃんが松のこと好きって知った時は純粋に上手くいけばいいって思ったし、松が美咲ちゃんを好きって知った時は、これは誤解だったけど、二人が両思いって知って嬉しかった。でも本当は私が松と一緒に花火大会行く約束してたのに、とか嫉妬して。花火大会で二人が一緒にいるところを見ちゃって、松のことが好きだって気づいたの――」
胸が熱くなって、涙がこぼれてくる。友達を裏切るようなことだっていまさら気づいて、でももう、自分の気持ちを偽りたくなかった。
「ごめんね、美咲ちゃんが松のこと好きだって知ってたのに、祝福しようって、自分の気持ちはなかったことにしようって何度も心の奥に閉じ込めようとしたのに……できなかった」
『謝らないで――』
私の言葉を遮るように、美咲ちゃんが静かな口調で言う。
『私、芹香ちゃんが松岡君を好きなんじゃないかって気づきながら、芹香ちゃんが友達って言いはるからそれにつけこんで協力してって言って、このまま芹香ちゃんが松岡君への気持ちに気づかなければいいって考えてた。でも悪いとは思ってない、私は――本当に松岡君を好きだったから、気持ちを伝えたかったの。私は謝るつもりはないから、だから芹香ちゃんも謝らないで』
悲愴な声が響き、胸をついた。
『結局、私の気持ちとか芹香ちゃんの気持ちとか関係なく、松岡君は芹香ちゃんを好きって気持ちを貫いたのよ。告白して振られて、それでも付き合ってほしいって無理言ったのに、約束の期限の前に振られたんだから』
くすっと自傷的な笑いをもらした美咲ちゃんに、何も言えなくなる。
『付き合ったなんて形だけなの。だから、私に悪いと思うなら――松岡君とちゃんと幸せになって』
美咲ちゃんが松を好きと知って、松の隣にいるのが私じゃない誰かなんだと思ったら切なくなって、そうして私は自分の恋心に気づくことが出来た。
松を好きだって気づいたのは、美咲ちゃんのおかげなんだよ――
「ありがとう、美咲ちゃん」
ぽろっと涙がこぼれて、瞼を閉じて心からお礼を言う。すると、美咲ちゃんにはめずらしく皮肉気な笑い声が聞こえる。
『それ、松岡君にも言われたわ』
「えっ?」
『学園祭の日、松岡君と期間限定のお付き合いを終わりにする時、松岡君に言ったの。私のせいで芹香ちゃんとの仲をややこしくしたこと、悪いとは思ってないって。そうしたら、松岡君、なんて言ったと思う? 「ありがとう」ですって……ほんとに、二人そっくり……』
最後の言葉は掠れていて聞き取ることが出来なかったけど、美咲ちゃんが悪いことしたとはやっぱり思えないし、美咲ちゃんのおかげだと思うから――
私は図々しいお願いだとは思いながらも、恐る恐る言う。
「美咲ちゃん、これからもずっと友達でいてくれる?」
『…………っ』
通話口の向こうで息をのむ音が聞こえて、少しの沈黙を挟んで、美咲ちゃんが笑う。
『当たり前でしょ――』
その言葉が胸にしみて、またぽろぽろと涙があふれてきた。
「ありがとう、美咲ちゃん……」
『ねえ、芹香ちゃん』
「ん?」
『あのね――』
そう言って美咲ちゃんは、二人だけの秘密を話すように甘く囁くような声で言った。
『学園祭で芹香ちゃんが倒れた時、松岡君が真っ先に駆けつけて保健室に運んだのよ、お姫様抱っこで――』




