第66話 恋の神様
「もっとちゃんと気持ちを伝えていたら、こんなにすれ違わなかったのかな……」
ぼそっとささやいた声に、松が目元を細めて苦笑いを浮かべる。
「どうだろう……、俺はこんなにすれ違って悩んで迷ったから、やっと気持ちを伝えられた気がする」
しみじみと言う松を見上げて、胸がくすぐったくてへらっと笑うと、松も笑い返してくれた。
顔を引き締めた松が、真剣な眼差しで私を見つめる。
「芹、俺と付き合ってください」
艶やかな余韻を含んだその声にドキッとして、瞳の中にうっとりするほど甘い光がきらめいて、頬がほてる。
「はい――」
小さく頷くと、松が嬉しそうに目元を細めて笑うからつられて笑顔になる。
※
夕方、家の自室で雑誌を読んでると携帯が鳴る。机の上でブーブー揺れて、それが電話だと気づいて慌てて立ち上がって通話ボタンを押す。
『もしもし、芹香ぁ~?』
「結衣? どうしたの? あっ、今日は帰りごめんね」
『いいって。それよりさ、帰り、松岡君と会った?』
「えっ!?」
結衣の口から松の名前がでてドキッとする。
『芹香達が帰ったすぐ後くらいかな、教室に松岡君が来てさ、芹香を探してたみたいだから今さっき七海君と帰ったって言ったら血相変えて追いかけて行ったんだけど――』
なんで松が公園にいたのかずっと不思議だったけど、教室から追いかけてきてたの――? それにしては、私と陽太君が公園についてからだいぶ経っていたような……?
『芹香~?』
黙りこんだ私を結衣が呼び、はっとする。
「ええっと、松と会ったよ……」
会って――松に好きって言われて付き合うことになったんだよね。そう考えて、ぼぼっと顔が赤くなってしまう。
『ねっ、もしかして松岡君に告白されたっ?』
好奇心まる出しでうきうきとした口調で聞かれて、ドキッとする。
「えっ、なんで――」
動揺して声がどもってしまって、通話口の向こうから笑い声が聞こえる。
『やっぱりね~。松岡君って絶対、芹香のこと好きだと思ってたんだけど、いつ言うのかってずっとやきもきしてたんだよ。松岡君ってさ、見た目カッコイイのにヘタレだよねー』
「あはは……」
結衣の辛口に苦笑する。
ってか、松が私のこと好きだって結衣には分かってたの……?
「松って私のこと好きなのかな……?」
こんなこと結衣に聞いても仕方ないのに、ぽろっと口からこぼれてたのよ。
『そうでしょ、あんなに「芹~、芹~」ってだらしない顔でうちのクラス来てさ。まあ、芹香は恋愛音痴だから気づいてないだろうけど、私も啓斗もそうなんじゃないかなって思ってたし、菱谷君なんかも気づいてるんじゃん?』
「はぁ……」
恋愛音痴って言われても反論できなくて、歯切れの悪い返事になってしまう。
でも、そうなんだ……。周りから見て、松は私のこと好きだって分かるような態度だったのか……
自分ではぜんぜん気づかなかったから分からないけど、結衣の言葉なら信じられた。
『それで? 告白されたの?』
「うん……」
『あー、やっと言ったのね~。今度、からかってやろうっと』
くすくすと意地悪な笑いが聞こえて、苦笑する。
「ほどほどにね」
『どーしよっかなぁ~』
そんなこと言うから、私は結衣にからかわれる松を想像して気の毒になる。一年の時も、松って結衣には頭が上がらないっていうか、よくからかわれてたし。結衣は一人っ子だけどお姉ちゃん気質だからかな。それに対して、松は五人兄弟の末っ子だしね。
『芹香』
くすくす笑いがやんで、結衣が落ち着いた声で私の名前を呼ぶ。
『おめでとう』
「えっ……?」
キョトンっと首を傾げると、呆れたようなため息が聞こえる。
『松岡君と付き合うことになったんでしょ? だから、おめでとう』
「えっ、えっ……」
『だって、告白されたなら芹の答えはOKでしょ? 芹香も松岡君のこと好きなんでしょ?』
「バレバレ……?」
決まり悪く尋ねると、結衣がふんっと鼻を鳴らす。
『バレバレよ! 松岡君が藤堂さんと付き合いだした辺りからずっと塞いでたじゃない。友達なのになにも相談してくれなくて、ちょっとへこんだよ』
「ごめん、結衣……」
『もういいよ。その代わり、明日二丁目のケーキ屋さん行こうよ』
「うん、いいよ」
『啓斗も誘っておくからさ、松岡君も誘ってね』
「えっ、なんで松!?」
きょどって尋ねた私に、結衣がにやっと笑った気がした。
『からかってやる』
けらけら笑いながら「じゃあ明日ね~」って言って結衣は電話を切った。
通話の切れた携帯を眺めて、くすっと笑みをもらす。
結衣には私の気持ちも松の気持ちもお見通しで、すっごく心配させたのかなって思うと申し訳なくなる。だけど、ずっと黙って見守っててくれた親友に感謝する。
それから私は、大きく息を吸い込んではぁーっと吐き出す。
何回か深呼吸を繰り返して、きゅっと唇を噛みしめて携帯の通話ボタンを押した。
プルルルル、プルルルル……
発信音が数回鳴り響いて、透き通るような声が答えた。
『もしもし――』
「美咲ちゃん――?」




