第65話 虹色メロディ
松が私のことを好きだなんて、そんな夢みたいなこと、未だに信じられなくて、嬉しそうに笑って私を抱きしめる松の顔を見上げて、ちょっぴり現実感が湧いてくる。
「ええっと、最初から説明してもらえる……?」
あまりにもぎゅっと抱き寄せるから、その腕から抜け出そうと松の胸に手をついて押すと、松が不服そうに眉根を寄せて背中に回していた腕を離してくれた。
その時、スカートのポケットに入れていた携帯が鳴る。携帯を取り出して開くとメールで、受信ボックスを開いてドキッとする。
携帯を握った手と反対の手を松に絡め取られて振り仰げば、薫るような甘い微笑みを浮かべて私の指先に松の指先を絡めてそこに口づけを落としたの――
艶やかな光を浮かべた瞳でちらっと私を見て、満足そうに薄く笑った松はとても妖艶で、息が止まりそうになる。頬が赤くなるのが自分でも分かって、松から視線をそらしてメールを見た。
メールは陽太君からで――
『松岡の話ってなんだった? うまく行ったのかな……。そうだといいけど、今は心からは祝福できないと思うから、先に帰ります。落ち着いたら、松岡とどうなったか聞かせてもらえると嬉しいな』
陽太君の優しさが伝わってきて、胸が熱くなる。
止まったはずの涙がじわっと溢れてきて、慌てて手の甲で拭った。
ごめんね、ありがとう――
心の中で陽太君に言って、私はくっと顎を引いて松と向き合う。
いつも側で見守ってくれて、何度も背中を押してくれた陽太君のためにも、ちゃんと松と話そう。
怖くてずっと逃げて来たけど、もう自分の心を偽ったりしない。だからちゃんと、松の話を聞かなくちゃ。
松は私の視線を受けて、ぎこちなく微笑んで、それからゆっくりと話し始めた。
「俺はずっと芹のことを女友達として好きなんだと思ってた、友情ってやつ。たぶん、去年の花火大会の時には好きだったと思う」
「なに、その思うって……」
思わず突っ込んでしまった私に、松が決まり悪そうに目元を染めて口を腕で隠した。
「はつ、恋だから……」
ボソッとつぶやかれた言葉に、私は目を丸くして松を見てしまった。
私と視線があってふいっとそらした松の耳まで真っ赤になってる。照れてる松、可愛い……
私は中学の時に付き合った結城君が初カレだけど、その前にも好きな人はいたから、松のカミングアウトに驚かずにいられなかった。
「自覚したのはクリスマス。芹が俺のためにプレゼント用意してくれてた事が嬉しくて、おそろいって笑った芹の笑顔が可愛いと思った」
言いながら照れて口元を覆う松。なんだか、こんなに照れられるとこっちまでつられて照れくさくなる。
「こんな気持ち初めてでどうしていいか分からなくて、友達として側にいるだけで満足してたから、気持ちを伝えるなんて思いつきもしなくて。そうしたら――」
そこで言葉を切って、皮肉気に続ける。
「芹は元カレをまだ好きだっていうし、俺のことは恋愛対象外だって言って、なんだか避けるようになるし……」
鋭い視線を向けられて、避けるような態度でやっぱり松を傷つけてて、申し訳なくなる。
「あの、それは……松のことが好きだっていう一年生に言われたの。友達だって言うならあまり松の側に近寄らないでって、松を好きな子にとって私は邪魔だって。そう言われて考えちゃった、そんなことで松の友達をやめるつもりはないけど、私が相手の女の子の立場だったら、やっぱり嫌だと思って。そうしたら美咲ちゃんが松のこと好きっていうから、松とは少し距離を置こうかなって……」
その時の私は、まだ自分の気持ちを自覚してなかったし、松が好きな人がいるって言ってたのを本心から応援していた。今思えば、自分のにぶさ加減に辟易する。
「俺は、芹に嫌われたと思ってた」
「ごめん……」
「俺には関係ないとか、構うなとか、挙句は嫌いって言われて、マジへこんだんだからな」
「本当に悪かったと思ってるよ。でも、あの時は、松は美咲ちゃんと付き合っていて……」
「そもそも、芹が誤解して変な気を使うから悪いんだろ」
「だって、松が美咲ちゃんのこと好きって聞いて、二人が両思いなら上手くいってほしいって思うのは、友達として普通でしょ!?」
誤解した私も悪いとは思うけど、なんだかかっとなった松の物言いに反論してしまう。
「俺の口からは、一言も藤堂を好きだなんって言ってないだろ?」
「だって、好きな子がいるっていったじゃない。しかもうちのクラスって――」
「それは芹のことだったんだよっ!」
私の言葉に被さって、松が叫ぶ。
「でも、芹が元彼をまだ好きだって聞いた後で、言えるかよ……」
決まり悪そうに視線をそらされて、首を傾げる。
あれ? 私、結城君のことを好きだなんて言ったかな……
記憶をたぐって、はっとする。
「あれは、あの好きはそういう意味じゃなくて……嫌いになって別れたわけじゃないから、好きっていう意味だったんだけど、な……」
いい訳っぽくなっちゃって、歯切れが悪くなる。
「なんだよ、そういう意味だったのかよ……、じゃあ、七海とはどうなんだよ?」
「陽太君とは何もないよ」
何もじゃないけど、告白されただけで付き合ってはいないし、友達以上の関係ではない。
詰問するような口調の松に、ちょっと悔しくて意地悪しちゃう。
「そういう松は美咲ちゃんとどうなのよ?」
美咲ちゃんとは期間限定のお付き合いって言ってたけど、好きじゃなかったら付き合わないんじゃないかな? そんな疑惑が浮かんで胸がもやもやとする。
「なにもない」
きっぱり言い切った松をじぃーっと見る。深い輝きを浮かべたその瞳は澄んでいて、まっすぐと私の視線をとらえた。
「告白された時に俺は芹が好きだって伝えて断ったんだ。少しでも可能性があるなら振らないでほしいって言われて――可能性とかそういうのは分かんないけど、その時の俺は芹が七海を好きだと思ってたから、振られる自分に藤堂を重ねて、振る勇気がなかった」
二人の間になにがあったのかはじめて知った私は、胸がつまる思いだった。
「夏休みの間に藤堂と二回遊んだ。でも、いつもこれが芹だったらって思わずにはいられなかった。二学期になって、芹におめでとうって言われて、俺が芹じゃない誰かを好きだって誤解されてることが苦しかった。だからそのことをすぐに藤堂に伝えて、でも約束は守ろうと思って――その結果が芹を泣かせてたなんて気づけなくて、ごめん」
苦しそうに眉根を寄せた松が、いたわるようにそっと私の頬に触れて、私の涙をぬぐってくれた。
涙腺が壊れたみたいに涙が止まらなくて、ただ、松のせいじゃないって伝えたくて首を横にふった。




