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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
高2告白編:side松岡
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第62話  大切だから



 関係ないとか構わないでと言われても、どこかで、芹が本心から言ってるんじゃないと思っていた。だから芹と普通に接することができたし、声をかけることも出来た。だけど。

 今回は、そう簡単には立ち直れそうにない。


『松なんか嫌い――』


 嫌われて、しまった……

 呆然として、この状況が現実だと受け止められない。

 気持ちを伝えると決意した意気込みも粉々に砕かれて、俺は魂が抜けたように、その日、どうやって家まで帰ったのか覚えていなかった。

 週末は部活に明け暮れて、美咲から一度メールが来たけど返信することも出来なかった。

 週が明けると中間試験一週間前で、学校全体が少し張りつめた空気になる。

 中間は週末の三連休明けの火曜日からで、今日から部活も休みになるのだが、陸上部はその週末に大会があるため、時間は短くなるが部活があった。俺は部活といちお試験勉強をすることで、芹のことをなるべく考えないようにする。

 こんなの現実逃避で駄目だってわかってるけど、芹に、嫌い、友達をやめると言われて、どんな顔で芹に会えるっていうんだ――?

 三組になんか絶対に行けないし、休み時間もなるべく教室を出ないようにする。

 メールを返信しなかったからか、事情を聞きに美咲が教室に来た時は、人目のある中庭じゃなくて、空いている特別教室で、部室で話した会話を簡単に説明した。美咲は沈痛な面持ちで黙って話を聞いていて、ぽつっと漏らす。


「芹香ちゃんは、七海君とは付き合ってないと思うよ……」


 それが俺に対する慰めで、「だから、ちゃんと告白して」と後に続く言葉だということも分かったから、俺は静かに頷いた。

 なんだよ……振られるのなんて初めから分かってた事なんだから、いまさら怖気づいたりしない。ただ、嫌いだと言われた言葉が胸に深く突き刺さって、身動きが取れなくて。

 だから、俺は一つだけ賭けをすることにした。

 週末の大会でいい記録を出せたら、今度こそちゃんと芹に気持ちを伝えようと――

 朝練と放課後にがむしゃらに練習して、俺は週末の大会に臨んだ。大会に集中することで、芹のことを一時的に考えないようにして、ただ、一秒でも早く走れるように……



  ※



 試験最終日、徹夜ならぬ朝徹で試験範囲を頭に叩きこんだ俺は四時起きで睡魔が襲ってきて頭がぼーっとする。最終科目も終わって、クラス中がため息とそわそわした空気に包まれて、担任が来るのを待っている。

 しばらくして、担任が教室の扉を開けて中に入ってきて、HRが始まる。机に肘をついているうちにふっと意識が夢の世界へ旅立って、意識が覚醒したのはガタガタと机や椅子が動く音でだった。


「松岡、掃除~」


 机の上にさかさまにした椅子を乗せて運ぶ菱谷が背中越しに俺に言う。

 HR中に寝るなんて、なにやってんだか。自分の間抜けさにため息ついて立ち上がり、椅子を机の上にのせて教室の前方へと移動させる。

 まだぼぉーっとした頭のまま菱谷に渡された箒で床を掃き、また机を移動させて――すっかり大切なことを忘れていた。


「帰ろうぜ~。あー、腹へった、マック行きてぇ~。八木も行こうぜ」

「いいよ。結衣、今日は芹香ちゃんと帰るってさっきメール着たから」


 菱谷に肩を組まれて人好きのする笑みを浮かべた八木の言葉に、はっとする。


「松岡も、行こうぜ」


 そう言って俺を見た菱谷が眉根を寄せる。きっと、その時の俺はすごく緊張した顔をしてたんだ。


「ごめん。俺、用事あるから」


 がむしゃらに練習したおかげで大会で自己ベストを少しだけ伸ばすことができて、芹に気持ちを伝える決意をする。今度こそ本当に、ちゃんと伝えるって。だが、大会が終わった週明けは中間試験。試験勉強で告白なんて場合じゃなくて、告白は試験の最終日と決め、部活に専念して勉強してなかった分も祝日に必死になって勉強した。おかげで寝不足で、頭の回転が鈍くなってる。

 俺はまだぼぉーっとする頭で鞄をとって三組へと行った。



 告白する――なんて一大決意をしたものの、まず芹をつかまえることが大変だってことをすっかり俺は忘れていた。

 嫌いだって言われて、芹にどんな顔して会ったらいいんだ――とか悩んでいたことも、睡魔のせいですべて吹っ飛んでいた俺は、普通に開いている三組の扉から教室を覗く。


「芹――」


 言いながら教室に視線をめぐらせて、窓側の席で友達と話してる渡瀬と視線が合う。八木の話では渡瀬と一緒に芹は帰るらしいから、渡瀬がいるってことはまだ芹は残っているだろうけど、教室内には姿がない。

 渡瀬は友達と話ながら俺をじぃーっと見て、それからにやっと口元を歪めて扉の側に立つ俺に向かって大きな声で言う。


「松岡君、芹香なら七海君と帰ったよ。ついさっき(・・・・)


 強調して言った最後の言葉に、俺は手をかけていた扉に反動をつけて慌てて駆けだす。階段を下りて行くと、ちょうど昇降口を出た芹と七海の後ろ姿が右に曲がって行くのが見えた。

 昇降口から正門はまっすぐ行ったところにある。右に曲がった先には図書館と裏門がある。

 俺は視線を昇降口の先に向けたまま、上履きから外履きに履き替えて駆けだす。

 すでに芹の姿は見えなくなっていて、だけど俺は確信に近いものを感じる。今日は図書館には行っていない気がした。俺は昇降口を出て右へ行き、校舎の脇を通って、体育館の前を通り過ぎて、図書館も通り過ぎてまっすぐ裏門を目指し、門を出たところで、少し先にある公園の階段を上がっている芹の後ろ姿を見つけた。

 なんで、公園に――?

 そんな疑問が頭をよぎり、それでも追いかけるという選択肢しか俺にはなかった。いつにもなく強気な自分に苦笑いがを浮かべる。

 裏門から道路を横切って階段を登ろうとした時、後ろから声をかけられる。

 芹を見失わないように早く後を追いたかったが、振り返るとそこにいたのは祖母くらいの年配の女性で、腰が曲がり小さな体で大きな風呂敷を抱えて立っていた。

 うちの高校の側にある大学病院への道を聞かれて、無視するなんて出来ないじゃないか。しかも、病院は正門側の大通りを挟んだ向こう側で、裏門のこっち側は細い道が入り組んでいて分かりにくい。俺はよく部活で学校の外回りをランニングするからだいたいの道は分かるが、はじめて来た人には分かりにくい道で、俺は病院の見える大通りまで案内した。

 大通りから全速力で公園を目指し、階段を二段抜かしで駆けあがる。

 丘の上にある公園は見晴らしのいい展望台と遊具の置かれた芝生広場、ランニングコースと遊歩道が整備されたかなり広い公園。この公園もランニングコースで走ったことがあるから、芹と七海が行きそうな場所をだいたい見当つけて探す。芝生の横に備え付けられたベンチ、遊歩道の東屋――展望台で芹の姿を見つけて、ゆっくりと足のスピードを緩める。

 そんなに距離は走ってないのに、全速力で駆けたから少し息が上がる。膝に手をついて呼吸を整えてから、顔をあげると、展望台の柵の前で二人が見つめ合っているのが見えて、胸がぎゅっと締めつけられる。


「俺と付き合おう――」


 風に乗って七海の言葉が聞こえた次の瞬間、七海が芹の腕を引き寄せてその腕の中に抱きしめた。

 芹に近づこうと踏み出した一歩、それより先が動かなくなる。どうしようもなく切なくて、苦しくて。いろんな感情がぐるぐると押し寄せてきて体が震えた。


「芹香さん、好きだよ――」


 俺が未だに言うことすらできないその言葉に、芹が笑って首を縦に振ろうとするのを見て、息が止まりそうだった――




なんとか芹香sideの話に追いつきました。

次話からはまた芹香視点に戻ります。


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