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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
高2告白編:side松岡
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第59話  届かない声



 図書館には一人で行くと言った俺に、美咲は綺麗な口元に少し皮肉気な笑みを浮かべて。


「松岡君が逃げないように、見張り」


 くすっと笑って言われて、俺は頬をかいて苦笑するしかなかった。



 図書館に入り、受付カウンターを過ぎて二階にある談話室を目指す。階段を上がりきったところで俺と美咲は立ち止まり、芹を探して視線を談話室にめぐらせる。

 図書館の二階は三分の一に書架が並び、それ以外の場所には大きな六人掛けの机がいくつも並べられてある。本を読む生徒や勉強する生徒、話している生徒もちらほらといる。

 端から順番に芹がいないかどうか視線を動かしていき、中央の奥の机に七海と並んで座っている芹を見つける。

 分かっていたのに、七海と一緒にいる姿を見てじりじりと胸が焼けるように痛む。

 視線の先で顔をあげた芹が俺に気づいて、驚いたように動きが止まる。

 横にいた美咲が笑顔で芹に手を振るが、芹は強張った表情でこっちを見ていた。


「芹香ちゃんいて良かったね」

「ああ、ありがとう……」


 俺は芹に視線をちらちらと向けながら、頷き返す。その様子を見て、美咲はどうしようもないっていうようにため息をついて、俺の肩をぽんっと叩いた。


「ちゃんと言ってね」

「分かってる」

「じゃあ、私は帰るから。良い報告を期待してるよ」


 美咲はそう言って階段の手すりに触れながら階段を下りていった。

 俺は美咲の後ろ姿を見送って、視線を芹に向ける。芹はもうこっちを見てなくて、机の上に広げた問題集かなにかをやっているようだった。

 俺はふるえる拳を強く握りしめて、芹が座っている奥の席へと足を動かす。

 ほんのちょっとの距離なのに、机までがすごく長く感じる。俺は逃げ出したくなる気持ちを追いだすように、視線をじぃーっと芹に向ける。

 芹、芹――と何度も心の中で芹の名を呼ぶ。

 その声が聞こえたように、下を向いていた芹がほんの少し顔をあげて、すぐに俯いた。

 六人掛けの机には芹と七海だけが座っている。

 俺は芹のすぐ横で止まり、握りしめていた拳に力を込めて、口を開く。


「芹」


 名前を呼ぶ――それだけなのに緊張する。

 芹はビクッと肩を揺らす。だけど顔をあげようとしなくて、俺はもどかしさに顔を顰めた。

 沈黙の中、芹を見つめる視線の先で隣に座る七海が俺を見てることに気づいて視線を向けると、穏やかな笑みを浮かべる。


「四組の松岡、だよね? 芹香さんからいつも話は聞いてるよ」


 どことなく含みを持った七海の言い方に胸がざわつく。

話すのは初めてだが、お互い名前は知ってるってことか――

 芹が話したとかそんなことじゃなくて、七海が俺のことを知ってる予感はしてたから、俺は無表情のまま七海を見据える。


「ああ、あんたは……」


 知ってるけど、知ってるっていうのが悔しくてそう言うと、相変わらず穏やかな表情で七海は頷いた。


「芹香さんと同じクラスの七海だよ。芹香さんに用事? じゃあ、少しどこか行ってようか?」


 七海の存在に苛立っていたけど、俺が話があると察して自分が席をはずそうとする行動が紳士的で、どうしようもない敗北感に打ちのめされる。無意識に拳を握りしめて、手のひらに爪が刺さってひりひりする。

 言って立ち上がった七海が席から離れる前に、七海の腕を芹が慌てて掴む。


「陽太君……っ」


 顔をあげた芹は必死な表情で、すがりつくように七海を見つめる。


「帰ろう?」

「えっ、だけど……」


 話しかけた俺の存在を無視してそう言った芹に、七海が困惑した顔を俺に向ける。それでも、芹は俯いて俺を見ようとはしなかった。

 七海の腕をつかんだ芹の手から視線がそらせなくて、胸が締め付けられる。

 感情のまま荒げそうになる気持ちをどうにか落ち着けて、もう一度言う。


「芹、話があるんだ」


 俺を振り仰いだ芹は苦しげに眉根を寄せて、すっと俺から視線をそらして言った。


「ごめん、もう帰るから、またね」


 そう言った芹は二度と俺を見ることはなく、落ち着いた手つきで机の上に広げた問題集やノートを片づけて鞄を持つと、七海を促して階段を下りて行ってしまった。

 俺のことを見ようとしなかった。あいつの腕を掴んで歩き出した芹に動揺して、動くこともできない。胸が切なくて苦しくて、どうしようもなく情けない顔でその場に立ちつくし、階段を下りて行く芹を見つけていたと思う。

 階段の踊り場に差し掛かった七海が振り返り、芹が一瞬、振り返ったように見えた。

 その瞳がやりきれないほど切なげな一筋の光を帯びていて、氷の塊を心臓に落とされたような衝撃を受ける。

 俺が話しかけても無視して、こっちを見ようともしなかった芹が最後に向けた眼差しが心に焼き付いてじりじりとしびれる。

 ぎゅっと唇をかみしめて、俺は駆けだした。




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