第57話 サヨナラの向こう
期間限定の付き合いはこうして終わりを告げたんだが、せっかくだから一緒に学園祭を見て回ろうということになった。もちろん、友達として。
美咲が学祭のパンフレットを広げて、どこから見て回ろうかと話していると、ブーブーっとバイブレーションの音が聞こえて、美咲が制服のポケットから携帯を取り出した。
メールかな……
そう思ってパンフから視線をあげると、美咲が大きな黒い瞳をパチパチと瞬いている。
「どうした?」
「あ……うん……」
美咲は歯切れ悪く答えると、パタンと携帯を閉じてポケットにしまいながら俺を見た。
「さっき、午後の当番の子が怪我したってメール来てね、その子の代理を芹香ちゃんがやることになったらしいの。芹香ちゃん、メイド服は絶対着たくないからって調理の当番をたくさんやるって言ってたのに……」
途中から美咲の声は耳に入ってこなくて、芹のメイド服が見たくて、うずうずと好奇心が顔を出してくる。
それが顔に出てたのだろうか、美咲がくすりと笑う。
「芹香ちゃんのメイド服、見たいの?」
「えっ!?」
「顔に書いてあるよ」
呆れたため息をつかれ、俺が首をさすると、美咲は立ち上がってくるっと振り返る。
「じゃあ、まずは二年三組に行ってみよう」
美咲の顔がなんだかうきうきしてるように見えるのは気のせいだろうか。
中庭から渡り廊下を通り教室棟に向かう途中、何人もの男が振り返って美咲に見とれている。周りから見れば、澄ました顔をしているように見えるのかもしれないが、俺にはその表情の下に嬉しい感情が読みとれた。
うーん……これじゃ確かに、クールと間違われるな。そんなことを実感した。
三組につくと廊下にまで列ができていたが、ちょうど客が出ていってほとんど待たずに扉から中に入る。
教室内は、衝立で三分の一ほどが仕切られて、残りの部分に机と椅子が並べられて喫茶スペースになっている。机の上には白とピンクのクロスがかけられ、花が飾られてお洒落な雰囲気だった。室内を歩くのは、ふわっとした黒のスカートにはふんだんにレースが使われたエプロンを合わせた可愛いメイドと黒のスーツをすっきりと着こなした執事が接客をしてる。
前に並んでた客が席に案内されて、受付に行く。
扉のすぐそばには机が二つ並べられて、そこにメニュー表が置かれている。前会計システムらしい。
「美咲ちゃん、いらっしゃい」
受付の子が美咲に笑いかけて、美咲も笑い返す。
「私はケーキセットでストレートティーとショートケーキ」
言いながらお財布から金を出そうとする美咲を止める。
「俺が払うよ」
そう言った俺を美咲はなにか言いたそうな顔で見て、苦笑して財布をしまった。
何も言わなかったのは美咲の優しさなんだろう。
「俺も同じのを」
照れ隠しに注文して、金を払って引換券を受け取る。その時。
「いらっしゃいませ」
芹の声が聞こえて振り返ると、衝立の向こうからメイド服を来た芹がトレンチを持って現れた。
瞬間、胸が尋常じゃなく駆けだして、俺は胸を押さえる。
みんな同じ服を着ているのに、芹の周りだけ花が舞うように輝いて見えて、芹の姿に見入ってしまう。
窓側の席に向かった芹は笑顔で客に「いらっしゃいませ」と言って、水の入ったコップを置いて一礼する。
バイトはしたことがないと言っていたはずなのに、流れるようなスマートな接客に惚れ惚れする。
だが、顔をあげてトレンチを脇に持った芹の横顔がわずかに青ざめてるように見えて、片眉をあげる。
踵を返した芹が受付にいる俺に気づいて動きが止まる。
その顔が苦痛にくしゃっと歪んだのに気がついて、考えるよりも先に体が動いていた。手に持っていたチケットを落として、俺は窓側に駆ける。
頭を押さえて体が傾いだ芹を、床に倒れる直前で受け止める。床に片膝をついて芹を支えた俺は、芹の背中と膝の裏に足をまわして体勢を整える。
「……っ!? 芹香ちゃん……っ」
声にならない悲鳴を上げた美咲が駆けよってきて、教室がざわつく。三組の生徒も数人集まってきて、芹を心配して声をかけてくる。
俺の腕の中の芹は真っ青な顔で瞼を閉じ、苦しそうな吐息をもらすだけで、答えは返ってこなかった。
「芹香さん……?」
その声に顔をあげると、スーツを着た男が心配そうな顔で芹を見ていた。確か、芹と同じ図書委員だったヤツ……
「ここしばらく体調悪かったみたいだから、無理しすぎたんだ……俺が保健室に――」
男が眉根を寄せて言い、芹に手を伸ばしてきたから、その手から芹を遠ざけるように体を反転する。
「俺が芹を保健室に連れていく」
立ち上がりながら、男にだけ聞こえる声でボソッと喋る。
「……あんたは当番中だろ……」
男がきゅっと引き結んだ口元だけが見えて、俺は嫉妬と優越感にぐるぐる支配されながら、眉根を寄せる。
「美咲、行こう」
一緒に回る約束をしてるし、美咲も芹のことを心配そうに見ていたから、俺は美咲に声をかけて一緒に保健室へと向かった。
背中と膝の裏から腕をまわして抱き上げた芹は腕の中にすっぽりと収まり、その小さな体に、芹の体に触れる胸に熱が集中する。
追いかけても追いかけても逃げられてしまった芹が今は腕の中にいて、でも近くて遠い存在に感じる。
男が言った言葉がちりちりと胸に突き刺さって、苦しくてもどかしい気持ちがこみ上げてくる。
『ここしばらく体調悪かったみたいだから、無理しすぎたんだ……』
体調が悪かった――?
芹に元気がないように感じてたし、様子がおかしいとは思っていたが、体調が悪いなんて気づかなくて――
そのことに気づいていたあいつに、どうしようもない嫉妬心が生まれる。
芹を保健室のベッドに寝かせると、美咲はクラスの当番が足りないだろうからと、教室に戻っていった。
俺はベッドの横に丸椅子を引き寄せて座ると、額にかかった髪をはらい、芹の髪をすく。
保健医が言うには、熱はないから疲労だろうと。
芹が倒れるまでなにかを無理していたことに気付けなかった自分が悔しくて、もう絶対に芹の側を離れないと思った。
しばらくして、しっかり休ませた方がいいからと保健室を追い出されて保健室の扉を閉めた時、廊下の端からこっちに向かってくるあいつと目があった。
ゆっくりと乱れない歩調で近づいてきた男は会釈して通り過ぎ、保健室へと入って行った。
教室で倒れた芹を心配して見る瞳はまっすぐだった。あいつも芹のことを――
そう気づいても俺には口出す権利なんてなくて、保健医に追い出されたばかりで保健室に戻ることも出来なかった。
<高2学園祭編:side松岡>は完結です。
松、どうにか挽回……もうちょっとかな……?
次章、ついに松岡が奔走します!!




