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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
高2学園祭編:side松岡
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第49話  たまらなく好きで



 藤堂さんと付き合うということを、学校が始まって周りから芹の耳に入る前に自分の口で伝えようと思い、お盆前に一度メールをしたが、夏期講習で忙しいと断られてしまった。

 伝えると言っても、付き合うことを伝えるのは――もちろん期間限定というのは隠して――なんだが抵抗があって、ぐだぐだ悩んでいるうちにあっという間に夏休みは終わってしまった。

 祭りの翌日に、すでに藤堂さんが芹に伝えていたなんて知らずに……



  ※



 始業式、さすがに今日こそは芹を捕まえて話をしようと思った。

 とにかく、自分の口から藤堂さんと付き合うことを伝えなければ――

 帰りのホームルームが終わってすぐに三組に行こうとしたが、菱谷に呼びとめられる。

 教室内では、居残り届けを出して学園祭の出し物の準備が行われている。っといっても、うちのクラスは運動部が多く、当日クラスの出し物の当番を出来る人が少ないから、当日の当番が少なくていい体力測定をすることになっていた。だから準備といっても、各測定のやり方や年齢と結果の比較表を作るくらいだから、そんなに準備事態も大変ではない。俺は器具の貸出申請を出して前日に器具を借りてくるのが仕事だから、今日はさっさと帰る――というか芹を捕まえて話をするつもりだった。

 それなのに、菱谷に連れて来られたのは第二調理室。

 そういえば、クラスの準備はないけど、部活の出店の準備があった。今日、調理室で焼きそばの試食会をするっと言っていたのをすっかり忘れていた。

 でもまあ、すぐに終わるだろうと思っていたら、大間違いだった。

 焼きそばくらい俺でも作れるし、誰が作ってもうまく作れるだろ? 去年の試食会はすぐに終わったし。それなのに、どうしたらこんなにまずくなるんだろうか……

 ある意味、奇跡的なまずさに、試食会に集まった部員全員が口を閉じ、重たい沈黙が落ちる。

 どうやったらこんな味になるんだ、っててんやわんや、何度も作りなおして、最終下校の時間にどうにか“食べられる”味になった……

 これはまた試食会やり直さないとダメだなっとうなだれ、もう芹も帰っちゃっただろうなとため息をつく。

 鞄を教室に置きっぱなしだったから一度教室に戻ると、学祭の準備をしていた八木が荷物を片していた。渡瀬をむかえに三組に行くという八木について、ダメもとで一緒に三組に寄ってみることにした。

 昇降口に行くには三組に寄るのは遠回りになるが、どこのクラスも学祭の準備をして居残りしている人は多くて、芹の友達の渡瀬が残っているならもしかしたら芹もいるのではないかと思った。

 三組の教室の扉を開けると、ちょうど人が出ようとしていてぶつかる。


「きゃっ」

「おっ、ごめ――」


 謝ろうとして、ぶつかったのが芹だと気づいて声が途切れる。いてくれたらいいとは思っていたが、いきなり目の前に現れたことに驚きが隠せなくて、終業式以来久しぶりに見る芹の姿に、胸がきゅっとなる。


「ま、つ――」


 芹が驚いたような声でつぶやいて、俺を見上げる。

 姿を見ただけで愛おしい気持ちがこみ上げてくる。


「あっ、啓斗~」

「結衣、帰ろう」


 芹の後ろから渡瀬が現れて、甘ったるい声で八木に駆け寄る。それから八木の横にいた俺に視線を向けて、にやりと意味深な笑みを浮かべる。


「あれ、松岡君。うちのクラスに来るの久しぶりじゃない~?」


 俺が三組にくるのが久しぶりに感じるのは夏休みを挟んでたからじゃないかって言いたかったが、言ってもさらっと流されるだろうことが予想できたから、俺は澄ました顔で渡瀬の質問をかわした。

 渡瀬は苦手だが、手を繋いで教室を出て階段に向かった八木と渡瀬を少し羨ましいと思ってしまった。

 同じことを考えてるのか、芹も二人の後ろ姿をじぃーっと見ていた。

 階段を下りていき二人の姿が消えると、俺にゆっくりと視線を向けた芹が、ぱっと視線をそらして、小さな声で言う。


「じゃ、私も帰るから、ばいばい……」


 その素っ気ない仕草に胸がちりちりと痛みだす。

 なんなんだよ、芹は……

 顔を背けるように床に視線を落として、俺からは芹の丸まった背中しか見えない。

 いつもぴんっと伸びた姿勢が好きだったのに、なんだよこれ。

 俺に対してのよそよそしい態度も気に食わないけど、それよりもなによりも、俯いている芹が許せなかった。

 いつから、芹の顔をまっすぐ見ていない――?

 逃げるように教室を出ようとした芹の腕を強く引き、俺は芹の顔を覗きこむ。ちゃんと俺を見てほしかった。


「痛っ……」


 腕を引いたせいでよろけるように俺の胸に倒れ込んだ芹が、振り向きながら苦笑する。


「どっ、したの……松?」


 その笑顔がなんだかぎこちなくて、俺はゆっくりと芹に言う。


「芹、一緒に帰ろう」


 その時の俺は、当初の目的も忘れて、ただ芹の側にいるのが自分だと実感したかった。いつものように自然に「一緒に帰ろう」という言葉が出てた。

 でも、芹の言葉にはっとする。


「えっ、でも、美咲ちゃんは……?」


 一瞬、どうして藤堂さんの名前が出てきたのか分からなくて、すぐに理解する。

 ああ、芹はもう知っちゃったんだって。だから。


「私、用事があるから、一緒に帰れない」


 そう言った芹に間髪いれずに「用事ってなに?」って聞いて、答えに詰まって黙りこんだ芹の腕を引いて、階段へと歩き出した。

 言わなきゃいけないことはたくさんあるのに、なにをどうやって切り出せばいいのか分からなくて、無言のまま芹の手を引いて昇降口について、芹の腕を離して四組の下駄箱から自分の靴を出して履きかえた。

 隣に視線を向けると、まだ上履きのまま下駄箱の前で芹が呆然と立ち尽くしていた。

 ふっと顔をあげた芹と視線があって、芹が慌てたように靴を取り出して履きかえる。

 しゃがんで靴に踵をいれた芹が俺を振り仰いで笑うから、胸が小さく跳ねる。


「松も居残りだったの? 急に教室に来るからビックリしちゃったよ~」


 その笑顔が自然すぎて、不自然に見える。芹が無理して笑っているように感じて、それが自分のせいの気がして、たまらない気持ちになった。




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