第48話 決意の瞳
断る理由がなかったし、こっちはこっちで決着をつけなければならないと思ったから、藤堂さんのメールに了承のメールを返した。
花火大会当日――
「ごめんなさい、待たせちゃって」
人混みをかき分けてやってきたのは、ミントグリーンのワンピースを着た藤堂さん。艶やかな黒髪をポニーテールにしていて、通り過ぎる男どもがちらちらと振り返っている。
さすが、学年一の美少女と言われるだけある。普通に、綺麗な子だと思う。ただ、それだけだけど――
「大丈夫、待ち合わせの時間ぴったりだから」
改札の上にある時計を見て俺は言う。
藤堂さんは大きな黒目をふっと和ませて、くすりと笑う。
「なに?」
「周りの女の子が松岡君に見とれてるって思って」
「それを言うなら、藤堂さんのほうだろ?」
「私? 私よりもカッコイイ松岡君が目立ってるよ」
「どう、いたしまして……」
褒められたんだって、とっていいのだろうか……? 俺は微妙な笑みを浮かべて、会場へと歩き出す。
カッコイイ――っていうのは、芹にも言われた言葉なのに、全然、胸に響かないのはなぜなんだろうか……
電車も改札前もすごい人だったが、駅から会場に向かう道もすでに人であふれかえっていた。ゆったりと進む人の波の中を進み、駅から少し行くと道路の両側に出店が並んでいる。
去年、芹と来た時は会場に行くまでにいろいろと買って歩きながら食べたなぁと思い出す。
花火の打ち上げ会場にも出店はたくさんあるから、藤堂さんとは会場の出店で何か買おうと言うことになった。
夏休みのできごとなど世間話をしながら会場まで歩く。距離的にはそんなに遠くないけど、人が多くてゆっくり歩くしかない。
藤堂さんがなんで俺を祭りに誘ったのか――それは俺に少しでも好意を寄せてくれてるからだろう。自惚れじゃ、ないよな。
芹と仲良くしてる藤堂さんとは時々話すことはあったけど、それは芹が一緒にいる時で、そうじゃなくて、話しかけられるようになったのは――ゴールデンウィークを過ぎた頃からだろうか。
なにって大事なことを話すわけじゃないけど、声をよくかけられるようになった。
芹と映画に言った時の芹の口調からも、藤堂さんが俺を好きなんじゃないかって思った。だから、告白されたことには、それほど驚かなかった――
「松岡君、好きです」
照れた様子もみせず、まっすぐに俺を見上げて藤堂さんが言った。
でも、彼女がクールなんじゃなくて表情が表に出にくいだけなんじゃないかって気づいていたから、見た目通り照れていないわけではないんだろうと思った。
見つめてくる潔い瞳に好感を持てる。
「ありがとう。でも、俺――」
俺の答えは決まってる。だけど、すっと藤堂さんの細くて長いひとさし指が伸びて、俺の唇に触れる。
「知ってる、松岡君が誰を好きなのか」
その言葉に、俺は息をのむ。
振られるって分かってて、告白したってことか――?
「好きな人のことだから、見てればわかるよ」
そう付け足して、藤堂さんは瞳に一筋の憂いを帯びて微笑む。その儚い笑顔が心にしみる。
芹に気持ちを伝えて今の関係が壊れることを恐れている俺と違って、同じ状況にいるのに気持ちを伝えることを選んだ藤堂さんをすごいと思う。
「――だから、もし、少しでも私に可能性があるうちは振らないでほしい。期間限定でもいいから、付き合ってほしい」
藤堂さんは決意に揺らがない瞳を俺に向かる。愛想笑いを浮かべたり、照れて視線をそらしたりしない。それが藤堂さんの誠意なんだと思うと、胸が切なくなる。
俺が誰を好きなのか、はっきりと名前を言わなかったのは、きっと俺も傷つくし、藤堂さんも辛いからだろう。
芹を好きになって、恋がこんなにも胸が締めつけられるものだって知って、藤堂さんも同じ気持ちなんだと思ったら、NOなんて言えない――
黙っていたのを、迷っていると思ったのか、藤堂さんがゆっくりと口を動かす。
「松岡君は――告白はしないの?」
「しようと思ったけど、タイミングがつかめなくて……っていうのはいい訳だな。怖くて、言えないんだ……」
男のくせに情けないと思った。前髪をぐしゃっとかき乱して、俯く。
藤堂さんは、こんな根性のない男のどこが好きなんだろう……
「それは、友達だって言われたから? 恋愛対象外だって言われたから――?」
その通りなんだけど、藤堂さんの言葉がぐさぐさと胸に鋭くささる。
藤堂さんの声は静かで、声から感情を読み取ることはできない。情けなくて藤堂さんの顔を見ることも出来なくて、どんな気持ちでそう言ったのかは分からない。
「このままじゃ、友達の関係も危うくなると思わない? もし……芹香ちゃんに好きな人ができたら? 付き合うことになったら――?」
自分でも考えていた想像に、さぁーっと顔から血の気が引いていく。
「いままで友達としか思ってなかった人が、他の人と付き合いだしたら気になって気持ちを自覚するってこと、あるでしょ――? 私と付き合えば、松岡君と芹香ちゃんの関係がいい方に変わるかもしれないわ……」
ぽそっとつぶやいた声が寂しそうで、俺は藤堂を見る。
「いいのか? もし、俺と芹が付き合うことになっても……?」
「正直、嫌よ。でも、期間限定で付き合ってもらえるなら、その間に私のことを好きになってもらえるように努力する。もっと松岡君に私のことを知ってもらうわ。その結果――松岡君と芹香ちゃんが上手くいくなら、その時は諦めるわ」
俺を見上げた藤堂さんの瞳の中に、あざやかな光が浮かびあがってとても綺麗だった。
藤堂さんの言い方では、期間限定の付き合いをすることで、俺にも藤堂さんにも同じだけのメリットがあるように聞こえるが、実際は藤堂さんのメリットの方が少ない。
俺と芹が上手くいかなくても俺が芹を好きなままだったなら、その時も期間限定の付き合いは終わることになるだろう。
どんな気持ちで提案してきたのかと考えて、身につまされる。
やっぱり、断るという選択肢を選ぶことはできなかった――
「わかった。一ヵ月……だと、夏休みは部活とかであまり会えないだろうから、学園祭まででどうかな?」
それまで涼しげな表情だった藤堂さんが、ふっと花がほころぶような笑みを浮かべる。
「ありがとうっ」
「いや、これからよろしく」
向かいあって笑った時、藤堂さんが空を見上げる。
「あっ、花火」
ひゅ~~っと花火が空に向かってあがり、ドッ、ド――ン……と大気を震わせて、漆黒の夜空に大きな花がひらいた。




