第45話 伝えたい気持ち
『日曜、暇だったら一緒に映画行かない? チケット二枚もらったから』
期末試験が終わって、俺は芹を映画に誘った。最近、遊びの誘いはすべて断られていたけど、今回はすぐにオーケーの返信が来た。
だから俺は、今まで断られたのは試験前で勉強に集中したかったからなんだと勝手に納得して、芹の最近の様子がよそよそしく感じたのも俺の気のせいだったんだと思った。
※
日曜日。待ち合わせ時間ギリギリになって、俺は大急ぎで芹が待っているグランモール公園に走っていった。
電車の中で遅れるかもってメール打った時に、芹はもうすぐ着くと言っていたから、待たせているだろうと思って急いだ。
今日は雲ひとつない青空に日差しが照りつけて、もう夏だと感じさせる天気だった。
公園に視線を走らせた俺は、そこにいた芹を見つけて、息をのむ。
「芹、香……」
俺の声にぱっと振り返った芹は満面の笑みで、急に鼓動が速くなる。言葉が続かなくて、呆然と見つめてると、芹が首を傾げる。
「松、どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「あっ、いや……いつもと違うからビックリした……」
「あー、これ?」
俺の言葉にスカートの横をちょこっと引っ張って、俺を下から覗きこみはにかみ、かぁーっと自分の頬が赤くなるのが分かった。
普段パンツスタイルが多い芹が、くるぶしまでかくれるロングスカートと肩ひもがレースになっている黒のタンクトップ、その上からキャロットオレンジのカギ針ニットのボレロを羽織っているという格好で、とても可愛い。
そんな可愛い格好をしてきてくれた芹が愛おしくてうきうきとしてくる。
「似合わないかな?」
ちょっと唇を尖らせて尋ねる芹に、俺は笑顔を向ける。
「そんなことないよ、可愛い」
他の男に見せたくないくらい、マジで可愛すぎる。でも、俺と会うためにお洒落してきてくれたのかと思うと、胸がくすぐったくなった。
もしかして、芹も少しは俺のこと――そんな希望が胸に芽生えて、俺は一気にテンションが上がる。
待ち合わせ場所の公園から運河沿いにワールドポーターズに向かい、映画館に向かった。映画を観終わって、遅めの昼食を食べるためにパスタの店に入る。四人がけのソファー席に通され、それぞれ注文を頼む。
「芹とこんなふうに出かけるのすげー久しぶりだな」
メニュー表をテーブルの端に片付けて、テーブルに肘をつきその上に顎を乗せて芹を斜めに見る。
「そ、う、だったっけ……?」
「そうだよ、ゴールデンGP以来じゃないか?」
「ほら、私は委員会が忙しかったり、松は大会とかもあって部活量増えたじゃない。それでたまたまよ」
そう言った芹が俺から視線をそらしたから、胸がもやもやとする。
聞き流せば良かったのに、つい食いかかってしまった。
「たまたま、ねぇ。一緒に帰ろうって言っても、そうやってなんだかんだって理由つけて俺のこと避けてるよな――俺、芹に何かした?」
ずっと聞きたかったけど聞けなかったこと。避けられてるように感じても、気のせいだって思いたかったから。
その時、俺はすごく情けない顔をしていたかもしれない。芹にそうだって言われたら、立ち直れないと思ったから。
「松は何もしてないよ……」
俺の希望通り、芹は否定してくれたけど、なんだか俺がそう言わせてしまったみたいで、胸がすっきりしない。
「芹さ……、もしかして、好きなやつできた?」
そう言ってしまった自分自身の言葉に驚く。
テーブルの向かい側で、もともと大きな瞳をさらに大きく見開いて芹が驚いた顔をしている。
「えっ、そんなのいないけど?」
キョトンと聞き返されて、決まり悪くなる。
そんなことを聞いてしまった自分が、胸の中でまた芹に対する気持ちが大きくなったことに気づいてしまって、恥ずかしい。
ゴールデンGPの時、芹が元彼をまだ好きだと言ったのを聞いて、芹の恋を応援したいと思った。
それなのに、芹が元彼じゃなく図書委員のヤツを好きなんじゃないかってもやもやとする。二人が一緒に帰るとこを見て、芹がもしあいつを好きになったのだとしたら嫌だと思ってしまった。
矛盾した気持ちに戸惑って、芹の顔を見れなかった。
沈黙を挟んで、芹がテーブルに両腕を乗せて俺の顔を覗きこむようにする。
「あっ、松こそどうなの。ほら、好きな人がいるって言ってたでしょ、私が知ってる人で、今度教えてくれるって約束だったじゃない?」
まさか、いまその話を蒸し返されるとは思ってもみなくて、呆然とする。
だけど、これはチャンスなんじゃないかと思った。
友達のままでもいいと思っていた。芹が俺のことを友達としか思っていなくて、気持ちを伝えて友達としても側にいられないよりは今のままがいいと。
でも、芹に好きな人が出来たら――?
今はいないと言ったけど、この先出来ないという可能性はない。その時俺は、本当に芹の恋を応援できるのか――?
元彼という見えない存在じゃない。同じ学校で同じクラスで、同じ委員会の男――
芹が俺以外の男と付き合いだして、俺は平静でいられるだろうか……?
答えは否。そんなの無理だ。
だから今、俺が好きなのは芹だと伝えよう――




