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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
高1編:side松岡
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第36話  迷宮の入り口



 名雪からきたメールに返信して、直後、激しい後悔に襲われる。

 なんで俺、あんなメール送っちゃったんだ……!?

 メールに花火楽しかったって書いてあったから、八月の花火大会一緒に行こうって誘ってしまった。だけど名雪からの返信はなくて、ヤキモキする。

 行きたくないのに、断れないで困らせてるとか。もしかして、ひかれたとか……?

 悪い考えばかりが頭に浮かんで、その夜、俺はよく眠れなかった。

 だけどそんな憂鬱は朝食の席であっさり解消される。


「松岡君、昨日は返信しなくてごめんね。遠泳で疲れてすぐ寝ちゃったから、メール見たの朝だったんだ」


 隣に座った名雪がこっそりと耳打ちしてくれた。

 それまで、もやもやしていた俺の心はすぅーっと晴れる。


「じゃあ、花火は……?」

「うん、一緒に行こう」


 白い肌をわずかに染めて笑った名雪の笑顔に急激に鼓動が速くなっていく。

 昨日、菱谷達が名雪のことを可愛いと言っていたのを思い出して、なんだか意識してしまう。

 横目で名雪を盗み見て、心臓の音がどんどん大きくなっていく。きめ細かい白い肌、大きな漆黒の瞳、睫毛なげーなぁ……

 それに、いつみても姿勢がいい。

 俺は猫背って自覚してる。しょっちゅう親から猫背を注意されてるけど治らないんだよな。だから余計に、ぴんっと伸びた背筋が心にしみる。

 あまりにじぃーっと見過ぎていたからか、名雪が俺を見て小首を傾げる。

 俺は慌てて、箸でごはんを口に運び、口の中にいっぱい詰め込む。

 視線を感じて茶碗から視線をあげれば、向かいの席に座った菱谷がにたにたと意地の悪い笑みを浮かべているから、俺は机の下で足を思いっきり蹴りだす。

 ガッタンッ……!

 椅子の震える音がして、菱谷が声にならない悲鳴を上げて、机に突っ伏す。痛みに身をよじりながら涙目で俺を睨んできたけど、友達だっていったのに、からかうような視線を向けた菱谷が悪いんだ。

 臨海学校最終日は宿泊所のそばの水族館を見学後、学校に向けてバスが出発した。



  ※



 夏休み中の部活は前半と後半で一週間ずつ練習がある。普段、二つあるグラウンドをいくつかの部活で譲り合いながら部活の練習時間を調整しているが、夏休みは普段よりも複数の部活がグラウンドで練習していた。

 八月一日、今年の夏休みの練習初日は照りつけるような日差しが熱くて、焼けるなんて表現は甘いと思った。焦げる――これが正解だと思うくらい強く照りつけ、グラウンドにいるだけで汗が止まらない。

 昼食を挟み、午前午後と練習メニューを終えた俺は、チャリに飛び乗って家を目指した。

 家と学校は電車一駅なんだが、これがけっこう距離があるし坂道が多い。チャリでも通えなくはない――って言いたいが、正直、くたくたになるまで部活やった後にこの坂道は厳しい……

 そう親を説き伏せて電車の定期代を出してもらったんだが、さすがに、夏休みはチャリで行けと言われて、電車で行きたいなら自分の小遣いから出しなさいって言われたら――俺に選択肢はないんですよ。

 くっそぉー。

 心の中で悪態をついて、握るハンドルに力を込めて膝を伸ばす。立った姿勢でペダルをこいで、見上げるような坂道を駆け上がる。

 普段の部活なんて比べ物にならないくらい長い時間練習して、マジでくたくたで……この坂道は地獄だった。

 小遣いが減るのは悲しいが……明日からは電車にしようと密かに決意しながら、家へと急いだ。

 臨海合宿の時に名雪と約束した花火大会は、この辺りでは有名で大きな夏祭り。広い会場に出店がいっぱい出て、花火も上がる。

 部活が終わった時間から待ち合わせの時間まで余裕あるけど、汗かいたジャージのままで行くわけにはいかないし、シャワー浴びて着替えて、待ち合わせ場所にいくとなると、坂道も必死にチャリを漕ぐしかなかった。

 なんとか家までたどりつき、シャワーと着替えを済ませて電車に乗り込んだ。電車の中は混み始めていて、駅も混んでいるんだろうなと予想する。

 待ち合わせの駅に着くと、電車から這い出されたすごい人の波が階段を下り改札を抜けて、そこで停滞する。

 すごい人の多さに会場の駅じゃなくて、どうせ名雪は俺の最寄り駅を通って行くんだから、その駅か途中の乗り換え駅で待ち合わせすればよかったと後悔しながら、早く名雪を見つけようと思う。

 約束している時間まであと数分あるが、名雪のことだからもう着いているだろうと思って携帯を取り出す。メールは来ていなかったから、電話する。

 数回の呼び出し音の後に、名雪が出る。


『もしもし、松岡君?』

「おう、名雪。俺、いま着いたとこなんだけど、名雪はもう着いてるよな? 改札前? すごい人で、見つけられなくて」


 いちお改札前って約束したんだが、こんなことならもう少し見つけやすい場所にしておけばよかった。


『ごめん、お手洗い行ってたからまだ改札の中なのね、これから改札出るから』

「了解、じゃあ、改札が見えるとこいるから」

『うん……電話、このまま?』

「どっちでもいいけど?」


 笑って答えると、名雪の苦笑が聞こえる。


『もうすぐ改札~』


 改札内もすごい人で、動くのも大変そうだった。じぃーと改札の中に目を凝らしていると、名雪っぽい女の子を見つける。携帯を片手にきょろきょろと辺りに視線をさまよわせてる。


「名雪っ!」


 電話越しではなく、改札を出ようとしてる名雪に向かって言い、大きく手を振る。

 俺の声に気づいてこっちを見た名雪。視線があった瞬間、胸が跳ねる。鼓動が早鐘のようにビートを刻み、顔が赤くなるのが自分でも分かって戸惑う。


「松岡君っ」


 手を振りながら俺に駆け寄ってきた名雪は、なんだかいつもと違って可愛く見えて――


「お待たせ」

「いや、俺もいま来たとこだから。ちゃんと見つけられて良かった」


 言いながら名雪から視線をそらし、声がどもってしまって、変に思われてないか心配になる。


「ほんとだね~、すごい人だもん。でも、花火大会来るの小学校ぶりだから楽しみっ」

「そう、俺は毎年来てるよ」

「そうなんだ。ん? なに?」


 俺がちらちら名雪を見ていたから、名雪がキョトンと首を傾げて俺を見上げる。

 何か言おうとして、喉の奥がチリチリと焼けるように痛む。ってか、喉がカラカラだった。


「な、んか……名雪、いつもと違くないか?」


 やっとの思いで尋ねると、名雪はくしゃっと笑みを濃くする。


「あっ、今日は少しだけお化粧してるの。変じゃないかな?」

「変じゃないよ……」


 似合ってる、すっげー可愛い――

 そう言いそうになった言葉を飲みこんで、胸がジクジクうずく。


「松岡君すごいね、分かるなんて」


 名雪が上目使いに俺を見上げて笑うから、その笑顔が胸にしみて、どうにかなてしまいそうだった。

 こんなくすぐったいような、しびれるような気持ちは初めてで、どうしたらいいのか分からなかった――




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