第35話 戸惑いの鼓動
『こんばんは。花火楽しかったね。昨日、ありがとね。松岡君が泳ぎ教えてくれたおかげで、海、すごい楽しめた。本当にありがとう!』
名雪のメールはそんな内容だった。
昨日、浜辺で名雪と菱谷が仲よさげに話しているのをみて、なんだかイラついて、思わず名雪を海に誘っていた。
小さい頃に溺れかけて海が苦手だと言う名雪にはっぱかけて、泳ぎの練習して――後になって考えれば、押しつけがましいことをしたと、反省していた。
ただ、菱谷の横で笑っている名雪を見たら、どうしてもじっとしていることが出来なくて。
なんなんだろうな、この気持ち……
もやもやとする気持ちに首を傾げ、俺はぎゅっと眉根を寄せる。体調は万全だし、遠泳の疲れももうほとんどとれている。それなのに、なんだか胸がきゅっと痛む。
ぼーっと携帯を眺めていた俺の横では、薦田の話はすでに終わって八木と真下が好きな女の子の話をしていた。それを聞いて言った新里の声に、体を震わせて顔をあげる。
「俺、名雪さんのことちょっと気になってんだ……」
ぼそっと言った新里は顔を真っ赤にしていた。
ちょっとって感じの顔じゃないんじゃないか――!?
「あっ、俺も、名雪さん、いいと思ってた」
「なんだよ、菱谷もかよ。ってか菱谷、同じ班でマジうらやましいんだけど」
菱谷と新里が肩をぶつけあってしまりのない顔で言いあってる横で、八木が顎に手を当てて冷静なことを言う。
「確かに、名雪さんって可愛いし、スタイルもいいし、話しやすいよね」
「男子が話しかけると頬とか染めちゃって純粋そうに見えるのに、ちゃんと話についてくるっていうか、他の女子とはちょっと違うよな。俺、この前マンガの話してヒートしたよ」
「あー、名雪さん、上に二人お兄さんがいるっていってたよ」
にこっと女子うけする微笑みを浮かべた八木に、うんうんと真下と薦田まで頷き、名雪の話で一気に盛り上がるからぎょっとする。
「薦田は彼女出来たばっかりだし、八木と真下だって好きな子がいるって言ってなかったか?」
そう言った俺に、薦田が苦笑する。
「それとこれは別だよ。好きな子がいても、この子可愛いなって思うことあるだろ?」
あるだろ――って聞かれても、俺にはそんな経験ないから同意できない。
小学校の高学年から地元の陸上スクールに通って、中学も部活漬けの毎日で、正直いままで誰かを好きになったことはない。
可愛いなとかは思ったことあるけど、それが好きって気持ちにはつながらないっていうか、彼女とか恋愛とかよりも部活にしか興味なかったから、正直、恋ってのもよく分からないでいた。
なにも言えないでいた俺に、菱谷がすごい勢いをつけて肩にぶつけてくる。
「なんだよ? 松岡も名雪さんに気があるのか?」
「あー、それは俺も気になってた」
八木が澄ました顔で言って、他の四人の視線も俺に注がれる。
「なっ……んだよ、それ」
「だってなぁ~、松岡って名雪さんと入学してすぐぐらいから結構仲良いよな? よく教室で喋ってるし、一緒に帰ったりしてるだろ?」
入学してすぐではなくて、名雪と話したのは四月の末頃からなんだが、そういう細かいことを言ってるのではないって分かって、あえてそこは訂正しない。
「確かに、よく喋るし、一緒に帰ったりしてる。でも、それは友達としてだろ?」
「友達~? ほんとかよっ」
しらじらしいとでもいうように菱谷が目を細めて俺を見てくる。
「マジで友達だからっ! 俺、恋愛とか興味ないっていうか、部活だけで精一杯なんだよ」
「それって、理由になんなくねーか?」
理解できないというように肩をすくめる菱谷。
「俺には立派な理由なんだよ」
そう言ってため息をつき、言い方を変える。
「それに、ほんとに、俺と名雪はただの友達だから。男女の友情もありだろ?」
友達でしかないんだ――
そう言うしかないじゃないか。納得してないような顔をしていた菱谷は、もうすでに別の話題をはじめていた。
名雪の話から逸れてほっと安堵の吐息をもらす。
って、なんだよ安堵って――っ!
自分で突っ込んで、さっきよりももやもやとする胸元のTシャツをぎゅっと握りしめる。
さっきから手に持ったままだった携帯に視線を向け、メールの返信を送った。




