第34話 強引なアプローチ
海の家で浮き輪を借りた俺と名雪は海に向かった。
「名雪、水泳は苦手って言ってたけど、どのくらい泳げるの?」
「うー、バタ足二十五メートルくらい……?」
「バタ足……」
思いもよらない単語に苦笑すると、横で名雪がふてくされたように頬を膨らませていて、それが可愛くみえてくすりと笑みをもらすと、名雪の機嫌が悪くなってしまった。
「しょうがないじゃない、小さい頃、海でおぼれかけたことがあるのよ」
「それ以来、海は怖い?」
波打ち際ギリギリ足が海に触れない場所で立ち止まった名雪が、じぃーっと打ち寄せる波をみる。
「平気……って思ってたけど、やっぱダメかも」
「授業はどうしてるの?」
残念ながら水泳の授業は男女別だから、どうしているのかと思って尋ねたんだ。
「プールは平気なのよ、ただ、呼吸が出来ない」
「それって……?」
「顔をつけない、それか息継ぎをしないのどっちか」
息継ぎなしで二十五メートル泳げるって肺活量どんだけなんだって、マジで驚く。
「まあ、そんなわけなので、誘ってもらって悪いんだけど、私、海に入るのは無理……って、きゃっ!?」
名雪が話してる途中に、俺は名雪の腕を引いて海に招き入れた。
悲鳴を上げて波から上がろうとしたけど、俺がそれを阻止する。
「やだっ、松岡君、手離してよ……っ」
涙目で俺を見上げてくる名雪にドキッとしながら、俺はこほんっとわざとらしく咳払いする。
「落ち着けって、名雪。足元見てみ? くるぶしが隠れるくらいの水だろ? プールに入れるなら海だって大丈夫だって」
「そんな屁理屈っ……」
そう言いながら腕を振り払おうとしていた名雪に、追い打ちをかける。
「それにさ、そんなふうに逃げてて困るだろ、明日」
「明日? ……っ!」
尋ねながら、明日ある遠泳のことに気づいたようで、さぁーっと名雪の顔が青くなる。
臨海学校二日目の日程は遠泳。まあ、泳ぐ距離は臨海学校前の授業でタイムを計って、生徒の泳げるレベルに合わせて三つの距離に分けられるんだが、それでも少しの距離は泳がなくてはならい。
「俺が教えてやるよ。お前運動神経いいんだから、ちゃんとやれば泳げるようになるって」
名雪の運動神経をかっている俺はそう言ったのだが、名雪は複雑そうな表情で俯く。
「なー、いま、怖い?」
「えっ?」
ぱっと顔をあげた名雪は、なんでそんなこと聞くんだって感じに、キョトンっと首を傾げる。その無防備な顔に、体の奥から痺れが走って、俺は頭をかきむしりながら言う。
「さっきからずっと、海に入ってるけど、大丈夫なの、ってこと」
「……あっ、ほんとだ……」
いま気づきましたっていう名雪の声に、思わず笑みがもれる。
「俺と、海はいる?」
腰を折って名雪の顔を下から覗きこむと、名雪の頬がわずかに染まる。
それから小さく頷いて、手に持っていた浮き輪をぎゅっとにぎりしめる。
「よしっ! 松岡君に教わって、泳げるようになるよっ」
気合いの入った声に、俺は笑いかけ、名雪が笑い返した。
まずは海に慣れるために、浮き輪をつけた名雪を引っ張って、足のつくかつかないか辺りのところを泳ぎながら、話を聞いた。
名雪が言うには、海でおぼれてから顔を水につけるのが抵抗あって、プールの授業でちゃんと練習してこなかったらしい。なんども大丈夫だからと言って、腰くらいの深さの場所で、名雪の手を握って顔をつける練習と息継ぎの練習をする。
始めてしまえばなんということはなくて、名雪はわりとすぐに息継ぎのし方を覚えた。「松岡君の教え方が上手だったからだよ」って名雪は言ったが、もの覚えが良くて運動神経がいいからだと思った。なんとかクロールが形になったところで、その日は海を上がった。
二日目の午前中は遠泳で、午後は遠泳のノルマが終わっていれば自由時間だった。
名雪は俺と一緒に遠泳コースを途中まで泳ぎ、ちゃんとノルマを泳ぎ切った。
俺は二キロの距離だったが、これも体力づくりだと思えばそれほど苦ではなった。まあ、泳ぎ終わって海から上がった時は体が鉛みたいに重くて、膝も腕もガクガクだったけど……
夕飯はお楽しみのバーベキューで、その後浜辺で花火をした。
臨海学校も明日で終わり。そう思いながら、風呂をすませて部屋に戻ると、すでに布団が引かれていて、同室の男五人が布団の上に胡坐をかいて丸くなっている。
「おっ、松岡も戻って来たぞ~」
菱谷が入り口につったていた俺を振り向き、にやついた笑みを浮かべる。
「なにやってんだ? ってか、俺の布団敷いてくれたヤツありがと」
「おう、どういたしまして」
奥に座ってた真下が手をあげて言い、俺も頭を下げてから、荷物を鞄に片す。
「松岡も早く来いよ~」
菱谷に急かされて、片づけをそのままにその輪に近づく。
「なにやってんの?」
「なにって、臨海学校定番の恋バナですよ」
くふふっと菱谷が気持ち悪い笑みを浮かべて、周りの男どももにたにたと笑みを浮かべてる。
女子じゃあるまいし、それって楽しいのか――という疑問は、口には出さなかった。
まあ、聞くだけなら害はないよな……、そう思って。
「俺さぁ~」
そう言ってまず話しだしたのは薦田。
「さっきの花火の時に、告白して彼女出来たんだっ!」
「うおっ、マジかよ~」
「やったなぁ」
「相手誰だよ?」
みんな興味津々で薦田に食いつくなか、俺は後ろ手に鞄を引き寄せて携帯をとる。
風呂入ってる間に着信ないか確認すると、メールが二件きていた。
一つは母さんから。無事かっていうのと、明日気をつけて帰ってくるようにという内容のメール。
小さなため息をもらして次のメールを開くと、名雪からのメールだった。




