第33話 はじめての女友達
結局、俺が勧誘するのを断った後、岩瀬先輩はもう一度だけ名雪を勧誘しに行ったらしい――というのは名雪から聞いた話だった。
俺と名雪は、一緒に行ったゴールデンGP以来、教室ではあまり喋らない代わりに頻繁にメールを交わしていた。お互い、なんとなく周りに話しているとこを見られて冷やかされるのが嫌だったからなんだけど、六月にもなれば、クラスのなかも親密度が増してきて男子と女子が話していても目立たなくなった。俺と名雪も次第にクラスでも話すようになって、週に一回くらい俺の部活が休みの日に一緒に帰ったりした。
月に一回くらいだけど、休みの日も遊びに行ったりした。俺の家にCDを借りに来たり、映画を見に行ったり。
中学の時にも仲のいい女友達はいたが、こんな風に遊びに行ったりするような女友達ははじめてだった。
名雪とはなんでも趣味が合うっていうのもあって、話してて楽しいし、名雪のぴんっと伸びた姿勢のいい姿を見るのが好きだ。それに、密かに名雪のファンでもあった。五月に行われた体力測定の時の名雪の走りに、惚れたんだ。
俺もあんなふうに走れたらいい――と思った。
一学期が終わると、一年はすぐに臨海学校が待ち受けていた。
場所は伊豆。やっぱ夏は海だよなぁ~。
俺はうきうきしてたんだが、バスの隣の席に座る菱谷はなんとも憂鬱そうな顔をしていて、首を傾げる。
「なに、お前ってバス酔いするタイプなのか?」
それなら前の席にすればよかったな、そう言おうとしたんだが、沈んだ顔の菱谷は首を横に振る。
「酔ってないから安心しろ」
安心しろ――ってのは、吐いたりしないからって意味なのか?
酔わないと言いながら、それでも顔色が良くないのを心配したんだが、菱谷が憂鬱な原因は海についてすぐに分かった。
二泊三日の初日は昼に宿泊所に到着して昼食後にミーティングが行われ、その後は海で自由行動だった。
学校にはいちお屋外プールがあって指定の水着があるんだが、臨海学校では水着は自由で、それぞれの部屋で着替えて宿泊所の目の前に広がる海岸に嬉々として向かう。
海に入る人や砂場で遊ぶ人、そんな中で、俺と菱谷と八木は同じ班の名雪と渡瀬が準備したビーチシートにお邪魔させてもらう。
「さてと、泳ぎに行きますか?」
準備体操を終えた渡瀬が満面の笑みで言ったのだが、その声に立ちあがったのは俺と八木だけだった。
「えーっと、私は荷物番してるから、行ってきていいよ」
名雪の言葉を聞いて、菱谷が引きつった顔で頷く。
「俺も、残るよ。名雪さんと一緒に」
女好きの菱谷にとって海はパラダイスのようなものじゃないかと思っていた俺は、先陣切って海に行こうとしない菱谷に首を傾げ、あることに思い至る。
そういえば、菱谷って、プールの授業の時、なんだかんだと理由つけて休んでたな……
はは~ん、菱谷、金づちなのか。
笑ったらいけないんだろうが、口元がにやけてしまう。
だから、あえて菱谷ではなく名雪に話を振る。
「名雪、泳げないの?」
「いちお泳げるけど、苦手っていうか……」
歯切れ悪く言った名雪は、そう言ってわずかに頬を染めた。
体育教官室の前に張り出された体力測定結果の表を見たが、名雪は持久走と五十メートル走以外にもいくつも名前が載っていた。それはつまり、名雪は足が速いだけでなく運動神経もいいということだった。まあ、テニス部やバスケ部からも勧誘されるくらいだもんな。
思いがけない名雪の弱点を見つけて、なんだか胸がくすぐったい。
無理に誘うのも嫌がられるかと思った俺は、名雪と菱谷に声をかけて、海へと向かった。
渡瀬は他の女子数人と波打ち際で遊び、俺は八木と一緒にけっこう深いところまで行ったのだが、気がついたら渡瀬達女子と一緒にいて面食らう。
まあ、八木ってあまり存在感はないが、女子受けしそうな甘いマスクしてるからな。そんな納得をして、俺は浜辺に視線を向ける。
まさか菱谷まで金づちとは思ってなかったが、さっきよりも幾分顔色が良くなっているのはきっと気のせいじゃないだろう……
まあ、水着姿の女子がたくさんいるんだもんな。菱谷がデレっとするのは仕方がない――のか……?
縦泳ぎで波の合間から見ていた俺は、次の瞬間、息をのむ。
それまでビーチシートの少し離れたところに座っていた名雪に菱谷が近づいて何か話しかけ、そのまま肩が触れそうな距離で親しげに話し始めた。
名雪は口元に手を当てて笑って、菱谷が慣れ慣れしく名雪の腕に触っていた。
かぁーっと頭に血がのぼって、俺は浮いていた場所から一気に浜辺を目指して泳いだ。
一直線に二人のとこに近づくと、並んで座る二人の間に腕を伸ばし、後ろに置いてあった自分の鞄からペットボトルを取り出した。
「なんだよ、松岡」
菱谷が俺の行動に文句を言いながら、名雪から少し離れる。俺はその間に無理やり座りこみ、菱谷を無視してペットボトルに入ったスポーツドリンクをごくごくと飲んだ。
きゅっと蓋を閉めた俺は、視線を海のブルーから名雪に向けて、決まり悪く前に向きなおる。
「名雪、一緒に泳ぎに行こうよ」
「えっ、でも、私ほとんど泳げないから……」
断ろうとしている名雪の言葉が胸を締めつけて、俺はゆっくりと名雪に視線を向ける。
名雪はブルーのビキニに黒いパーカーを羽織っている。開けられたパーカーから見える白い肌にドキドキと鼓動が速くなる。
「浮き輪の貸出あるって言ってたから、浮き輪借りて俺が押さえてるから。せっかく海に来たのに、入らないなんてもったいないよ」
そう言った声がわずかに震えていて、それを誤魔化すように菱谷にも声をかける。
「菱谷も浮き輪借りてきてやろうか?」
「男が浮き輪なんてかっこ悪くてできるかよ」
けっと舌打ちした菱谷はシートにゴロっと寝転がる。
「はいはい、俺は荷物番してるから、行って来ていいよ~」
季節はずれな夏のお話です。




