第30話 クラスメイトの女子
ゴールデンGPの日、名雪とは陸上話で盛り上がって、すごく楽しかった。こんなに話が合うヤツは初めてだっていうくらい。
週明け、帰り際に名雪が聞きたいって言っていたCDを、早速持って登校する。朝練を終えて教室に入った俺は、視界の中にすぐに名雪を見つけた。
揺れる景色の中で、ぴんと伸びた背筋がとてもよく目立つ。
俺は自分の席に鞄を置き、女友達と話している名雪に声をかけた。
「名雪、これ。昨日、聞きたいって言ってたCD」
そう言ってCDの入ったビニール袋を差し出す。
「松岡君、おはよう。もう持ってきてくれたんだ。ありがとう」
CDを受け取りながら、名雪は爽やかな笑みを浮かべるから、ふいに鼓動が速くなって、俺は首を傾げる。
「聞いたら返すね」
「別に急がないからいつでもいいよ、じゃ」
「うん、わかった」
あっさりと会話を終えた名雪は、女友達と話の続きを始める。俺はその様子を視界の端にとめる。
名雪と話してる女子は、確か渡瀬って言ったかな。小柄でショートヘアの少し勝ち気な印象を受ける。その渡瀬がにやにやとした顔で名雪に俺と何かあったのかって聞いて、それに対して何にもないって、本当に何もないような平然とした口調で答えていた名雪の声も聞こえてしまい、なぜかため息が出てくる。
視線を外し、自分の席に着いたとこで、どんと背中から体重をかけられて、俺は机に突っ伏す形になる。
「重たい……」
「なんだよ、松岡~。いつのまに名雪さんと親しくなったんだぁ?」
背中にのしかかってきた菱谷がそんなことを聞いてくる。勢いよく体勢を起こし菱谷を見上げると、にやにやとしたしまりのない顔で見下ろしいてくる。
「別に。この間、少し話しただけだよ」
「少し話しただけで、CDとか貸しちゃうわけ~?」
からかうような口調で問われて、俺はそれを無視した。少しクラスの女子と仲良くなったからって、いちいち冷やかされたんじゃ堪らない。
だから、週末に一緒に出かけたことも黙っておくことにした。
名雪ともっと話してみたいっていう好奇心もあったけど、なんとなく菱谷の目が気になって話しかけづらくて、結局その日は朝しか話すことが出来なかった。
夜、部活を終えて帰る途中、メールが来ていることに気づく。
『こんばんは。CD貸してくれたありがとう! 今聞いてるんだけど、どれもいい曲だね。録音したら返すね、ほんとありがとー』
名雪からのメールだった。そのメールを読んで、自然と頬がゆるむ。
貸したCDはどれも好きな曲ばかりだったから、いい曲と言ってもらえて嬉しくなる。
『こんばー。俺は今部活帰り。今朝も言ったけど、急がなくていいから。俺も好きな曲だから、気に入ってくれて嬉しい』
俺はうきうきとしながらすぐにメールの返信を送った。名雪からは家に着いた頃、メールが届く。
『勉強する時、いつも音楽聞いてやってるんだけど、このCDずっとかけていたい。部活お疲れ様ー。こんな時間まで練習なんてえらいね。やっぱ高校の方が練習大変なのかな?』
それからしばらくメールのやりとりを繰り返して、十一時過ぎにおやすみとメールを送って布団に入った。
普段メールはあまりしない方だから、一日でこんなにメールしたのは初めてだった。だけど、名雪とメールするのは楽しくて、ぜんぜん嫌な気分にならなかった。
今度、違うCDも貸すと約束して、俺はうきうきとした気分で眠りに落ちていった。
※
次の週の体育の時間、雨でまだ出来ていなかった体力測定の続きが行われた。走り幅跳び、持久走と五十メートル走の三種目。
どれも陸上部としては外せないものばかりで、がぜん、気合いが入る。俺はいちお短距離選手なんだが、持久走の千五百メートルくらいはそれなりのタイムを出す自信はある。
男子が先に走り幅跳びをやっている間、女子の持久走がトラックで始まった。半分の生徒が走り、残り半分は待機している生徒とタイムを計っている生徒。
その中に、フィールドで体育座りして目を瞑っている名雪の姿を見つけて、俺は直感する。
あっ、集中している――
俺も走る前は呼吸を整え、自分のコースだけに集中するように意識を高めていく。動作は違えど、そうだと気づいて、口元がほころぶ。瞬間。
ドンッと横から菱谷が肩をぶつけてくる。それが菱谷のコミュニケーションだってのは分かってるけど、いちいち暑苦しいな……
菱谷とは高校になってから知り合ったんだが、クラスも同じ、部活も同じで、仲良くなるのにそれほど時間はかからなかった。
「なに、にやついてるのかなぁ~、松岡君」
その言い方にムッとしながらも、適当にあしらった。




