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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
高2編:side芹香
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第3話  二人の関係



(せり)、現国の教科書って持ってる?」


 教室の窓側、後ろから二番目の席に座っていた私の横の窓がガラリと開いて、(まつ)が顔を出した。


「松……っ」


 私は口に放り込んだところだったお弁当のおかずを噛まずに飲みこんで、ゴホゴホとむせる。


芹香(せりか)ちゃん、大丈夫?」


 くっつけた机の向かい側に座った藤堂 美咲(とうどう みさき)ちゃんが心配そうに顔を覗きこんでくるから、私は胸を叩いて呼吸を整え、お茶を飲む。


「うん……大丈夫。現国、あるよ」


 前半は美咲ちゃんに、後半は松に向かって言う。

 水筒のコップを机に置き、机の横に掛けてある鞄を開けて中に手を入れて現国の教科書をとりだし、松に差し出した。


「現国、何限?」

「六限、芹は?」

「うちは一限だから、もう終わったよ」

「ん、じゃ、HR終わったら返しに来るから、今日一緒に帰ろうぜ」


 教科書を受けとって窓枠に寄りかかる松を振り仰いで、私は首をかしげる。


「いいけど、部活は?」

「あー、今日は休み。今、第二グラウンドの整備で第一グラウンドがあんまり使えないんだ」


 肩を落として言った松に、私は納得する。確か、第二グラウンドの芝生化とかで、第二グラウンドを使ってる運動部が第一グラウンドも使用することになって、練習日が減るって言ってたな。


「そうなんだ、わかった」

「おう。じゃ、教科書借りるね、サンキュ」


 教科書を顔の横でかざした松は、白い歯を見せてにかっと笑う。その頬にはえくぼができて少年っぽく、一年前と変わらない爽やかな笑顔に、私は目を細めた。



  ※



 松岡君と初めて話した日から約一年が経つ。

 去年一緒にゴールデンGPに行った日から、私と松岡君は頻繁にメールのやりとりをするようになって、学校でもよく話すようになった。陸上が好きっていうのもあるし、音楽の好みも合うし、なんでも趣味があって、一緒にいるのがすごく楽しかった。

 松岡君は放課後や休みの日も部活があるから、一緒に帰ったり休みの日に一緒に出かけることはそんなには多くなかったけど、時々、部活が休みの日は一緒に帰って、休みの日も月に一度くらいは一緒に遊びに行く。

 近すぎず、遠すぎず――

 そんな距離感が私にはちょうど良かった。

 私と松岡君はこの一年でお互いのことを“松”“芹”と呼ぶようになって、二年に進級してクラスは分かれてしまったのは残念だけど、クラスが違っても松はこうして私に会いに来てくれるし、一緒に帰ったりもする。

 初めて出来た男友達の松は、私にとってかけがえのない存在になっていた。



  ※



 松が去って行った窓をぼんやりと眺めて、この一年間のことを思い出していると、横から視線を感じてそっちに顔を向ける。

 向かいに座った美咲ちゃんが大きな黒目を揺らさずに、じぃーっと私を見つめているから首をかしげる。


「どうかした?」


 美咲ちゃんは、今年初めて同じクラスになった友達。長い黒髪を背中にながし、肌は雪のように白くて、桜色の頬、切れ長の眉と大きな黒い瞳の学年一の美少女と一年の時から有名人である。学年で美咲ちゃんの事を知らない人はいないってくらいで、私も話したことはないけど、美咲ちゃんのことは知っていた。

 だから始業式の日、自分の前の席に座る息をのむような美少女に驚いて、見とれてしまった。呆然と眺めていた私は振り返った美咲ちゃんと視線があってしまって、思わず声を掛けていた。出席番号が前後だったからって言うのもあるけど、仲良くなれたらいいなって単純に思ったから。

 美咲ちゃんはその外見とまとうオーラから近づきがたいイメージがあるのか、無口でクールって噂だったけど、話してみると違うんだって分かった。

 無口なんじゃなくて人見知りをするらしい。だけど表情があまり顔に出ないから、素っ気なく思われてしまうらしい。

 美人で羨ましいって思うけど、外見で敬遠されてしまうなんて損だなって思う。

 よく喋る私にしてみれば、あまり喋らない美咲ちゃんの言葉はいつも真実だけを形にしていて、その分、重みのある言葉だなって思うけど、美咲ちゃんは私が羨ましいって言う。その理由がぜんぜん分からないけど……

 美咲ちゃんはゆっくりと瞬きをして視線を机に落とし、小さな声を出す。


「松岡君と芹香ちゃんって、すごく仲良いね」

「んー、そうかな?」


 私は首を傾げて、さっきまで松がいた窓に視線を向ける。

 松とは仲が良いとは思うけど、人に仲が良いと言われると、どうなのだろうと思ってしまう。私にとって松は初めての男友達で、なにかと比べることは出来ないから。


「二人は中学から仲良いの?」


 その問いに一瞬、動きを止める。


「えっ、松と私は中学違うよ。知り合ったのは高校に入ってから」

「そうなの?」


 美咲ちゃんがめずらしく少し大きな声を出して驚く。


「うん」

「私、てっきり、もっと前からの知り合いだと思っていた……」

「あはは、そんなふうに見える?」

「うん、だって松岡君って、芹香ちゃんに会いに来ない日ないもの」

「えっ、うそっ」


 驚いた声をあげると、美咲ちゃんが静かに首を縦に振る。


「そっか、そうなのか……」


 私はこくんと首を横に傾げて考えてみるけど、言われてみても実感が湧かない。


「松岡君ってさ、芹香ちゃんのこと好きなのかな……?」


 突然、思いもよらない事を言われて、私は目が落ちるんじゃないかっていうくらい大きく目を見開く。

 美咲ちゃんは漆黒の瞳に真剣な光を宿して、私をくいいるように見ているから焦ってしまう。大きな身振りで手を横に振って、首も大きく横に振る。


「ないない! 松と私は友達だよ」


 松が私を好きとか、私が松を好きとか、そんなこと今まで考えたことなくて、どうして突然そんな質問をされるのか分からなくて驚きを隠せない。


「なんでそんなこと……?」

「松岡君ってカッコイイじゃない? いろんな子が告白してふられたって聞いたことがあるくらい」

「えっ、そうなの!?」


 私はそんな噂聞いたことなくて、大きな声をあげてしまい、美咲ちゃんが驚いたように目を瞬く。


「芹香ちゃん、知らなかったの……?」

「んー、確かに松はおしゃれだし、男らしいと思うよ。でも、私にとっては趣味の合う友達って感じだからなぁ~。そっか、松ってモテるんだね……」


 顎に手を当てて、後半は独り言のようにブツブツと小さな声で喋る。

 思いもよらない話に私は一人納得して、その時、私を見つめる美咲ちゃんの視線には気づかなかった。




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