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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
高1編:side松岡
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第29話  小さな好奇心

※ この話から松岡視点となります。




 それは高校生活最初の一ヵ月が終わろうとしていた頃のことだった。

 友達のところから自分の席に戻ろうとした時、一番前の席に座った女の子が、じぃーっと机を見つめているのが気になった。

 そういえば、俺が教室に着いた時も同じ格好をしていたことを思い出して、小さな好奇心が胸に生まれる。

 少し遠回りになるが、その女の子の席の前を通った俺は、盗み見るように机に視線を向けて、思わず声が出ていた。


「おっ、これゴールデンGPのチケットじゃん」

「松岡君」


 そう言って顔を上げた女の子は確か……名雪 芹香(なゆき せりか)。春、進学した錦ヶ丘高校のクラスメイト。肩より少し長い綺麗な黒髪を右耳の横で結わき、とても姿勢良く椅子に座っているのが印象的だった。

 透けるような白い肌はきめが細かく、切りそろえられた前髪の下には大きな漆黒の瞳があって、その瞳があまりにまっすぐ俺を見上げてくるから吸い込まれそうでドキッとする。

 俺は机に手をついて、ドギマギする心臓を誤魔化すように机の上のチケットに視線を向ける。


「名雪、ゴールデンGP行くのか?」

「うん。実はね、中学の友達と一緒に行く約束してたんだけど、その友達が都合悪くなっちゃって、一人で行くかどうしようか迷ってたんだ」


 ゴールデンGP(グランプリ)というのは、地元川崎で五月に行われるプロの陸上大会のことだ。俺は中学から陸上部に所属していて、去年はじめてこの大会のことを知って、今年も行くつもりだったんだが、ついうっかり前売り券を買い忘れていた。

 だから名雪の言葉を聞いて、うずうずとした気持ちが湧きあがってくる。


「チケット、余ってる……?」


 俺は興奮と緊張で、心なしか声が震える。

 そんな俺を見上げた名雪はわずかに笑みを浮かべて小首を傾げる。


「松岡君、いる? チケット」

「えっ、いいのか……?」


 俺は瞬時にその言葉に食いつく。


「うん、いいよ」


 よっしゃーっ!

 心の中でめいいっぱいガッツポーズして、俺は興奮冷めやらぬまま名雪に笑いかける。


「ありがと」


 俺は机の上から一枚のチケットを取り上げ、ブレザーのポケットから携帯を取り出して名雪の前にかざす。


「名雪のアドレス教えてよ」


 そう言ったのは、ほとんど無意識だった。

 名雪とは今までほとんど話したことなかったけど、ゴールデンGPのチケットをもってるくらいだから、きっと陸上が好きなんだろうと思う。

 高校入学した初日に陸上部に入部した俺。五月あたりまではちらほらと新入生が来ると言っていた先輩の話を思い出して、名雪もこれから陸上部に来るのかな――などと想像する。

 大好きな陸上という共通点を見つけた俺は、この時点で、名雪に興味を持っていた。一緒に行くのは当たり前の流れだと思っていたんだ。

 だから、名雪が戸惑っていることにも気づかずに、どこで待ち合わせる? とか言って、自分のペースでどんどん話を進めていた。

 部活を終えて家に帰る途中、鞄の中のゴールデンGPのチケットを見て、自然と頬が緩む。

 あー、マジで楽しみだな。

 そう思って、俺は名雪にメールしようと思いつく。


『チケットありがとう! 行きたかったけど前売り券買えてなかったから、すっげーうれしい。あっ、チケット代は今度払うね。待ち合わせはどうする?』


 メールを送って少しして、返信が来る。


『どういたしまして。チケット代はべつに気にしなくていいよ。松岡君って、家どこなの? うちは会場のすぐ側だから歩いていけるけど、待ち合わせするなら駅かな? ちなみに私の最寄り駅は新丸子駅だよ』


 新丸子は俺の最寄り駅と同じ路線だったから、駅で待ち合わせすることにした。



  ※



 ゴールデンGPの当日、五月八日。

 駅に着いて改札を出るとまだそこに名雪の姿はなくて、改札が見える位置にあった柱に寄りかかるようにして立って待つことにした。

 しばらくしてやってきた名雪は、細身の黒いパンツにスカイブルーのチュニックを羽織っている。可愛らしい格好なのにパンツを合わせているのが、なんとなく好感を持った。

 競技場に向かった歩きだして少しして、名雪が話しかけてきた。


「松岡君って、毎年、ゴールデンGP行ってるの?」

「去年が初めて。行ってさ、プロの走りを間近で見てすっげー興奮したっ! 地元でこんなん毎年やってるなんて知らなくてもったいなくてさ、今年も行こうって思ったのにチケット買い損ねて。当日行って券買えなかったらどうしよーって思ってたんだ。だからさ、名雪がチケット持ってるの見て、思わず声掛けちゃったんだ」


 話しかけた時のことを思い出して少し恥ずかしくなって、それを隠すように苦笑する。


「名雪は毎年行ってるの?」

「うん、今年で六回目。家が近いし、中学の時は陸上部だったから、部活のみんなと一緒にね」

「名雪って陸上部だったの?」

「うん」


 予想どおり名雪が陸上部だったことに笑みがこぼれる。


「俺も! 高校でも陸上部に入ったんだ。名雪は? 高校は部活やらないの?」


 そう聞きながら、俺は名雪の答えが「ノー」だってなんとなく分かっていた。五月になっても、いまだ陸上部に見学すら来たことがない名雪に、陸上部に入るつもりがないことに。


「んー、高校は部活は入らないつもり。夢があってね、だから勉強頑張ろうと思って高校は近くの錦ヶ丘高校を選んだんだ……」


 まっすぐに前を向いていた名雪の視線がだんだん下がり、語尾も小さくなっていく。その様子を見ていて、なにか聞いてはいけない事情があるように感じて、それ以上つっこんで聞くことが出来なかった。

 ただ、いつも清々しいほど背筋のいい名雪に戻ってほしくて、元気づけるつもりでぽんっと肩を叩く。


「すごいな、もう将来のこと考えてるなんて。俺なんて、明日は一秒でも早く走れたらいいなぁ~、くらいしか考えたことないな」


 気分がまぎれればいい――そう思って、雰囲気を和らげるようにおどけて見せる。

 名雪は一瞬、くしゃっと顔をゆがめ、それから顔を俺の方に傾けて尋ねた。


「走るの好きなんだね」

「うん!」


 俺は間髪いれずに力強く頷く。本当に走ることが好きだったから。

 ふっと、深い意味はなく、名雪も同じ気持ちなのだろうかと尋ねてみる。


「名雪は? 走るの好き?」


 横を向くと、名雪も俺の方を見る。迷うことなく頷いた名雪を見て、俺は自然とにっこり笑っていた。


「いつか、一緒に走れたらいいな」

「うん」


 頷いた名雪が笑い返す。眩しそうに細めた瞳が印象的で、俺の心がくすぐったくなった。




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