第23話 思いがけない告白
「俺、名雪さんのことが好きみたいだ――」
「うん…………、えっ!?」
私はがばっと身を起こして、ベッドの横の椅子に腰かけた七海君をまじまじと見つめてしまう。
「えっと、今……なんて……」
どう考えても自分の聞き間違いとしか思えないけど、なんだがスルーしちゃいけないような言葉を聞いたような……
「去年、図書委員で一緒になった時から可愛い子だなって思ってた。その頃はただ単純にそう思っていただけで、一緒のクラスになって話すようになって、名雪さんってすごく真面目で優しい子なんだって知ったら、もっと一緒にいたくなった、好きだ――」
真剣な眼差しで見つめられて、七海君が本気で私のことを好きだと言ってくれているのが伝わって、鼓動が速くなる。
「私……」
七海君と私を包む張りつめた空気に、ドキドキという心臓の音が聞こえてしまいそう。そんな情緒ある雰囲気を破るように。
ぐぅ~!!
お腹が空腹をうったえて鳴り響く。私は自分でも分かるくらいかぁーっと顔が赤くなって、慌ててお腹を抱えて丸くなった。
わっ、なんでこんな時にお腹が鳴るのよぉ……
色気がないとか思われたら、さすがに悲しい。沈黙が重くて、呆れられてしまったかと半泣きで丸まっていると、くすっと小さな笑いが聞こえる。顔をあげると、七海君が春のお日様の笑顔で笑っていた。
えーっと……
「あはっ、あはは! 俺、告白してこんな返事もらうの初めてだ。あはは、名雪さんって面白いね」
目に涙を浮かべて言う七海君に、どこから突っ込んだらいいのか分からなくて困ってしまう。
告白して――っていうことは、きっと告白するの初めてじゃないんだよね。七海君って好きになったら結構自分から責めるタイプなのかな。紳士っていうイメージからなんだか脱皮した新しい七海君を垣間見た気分。
まだ笑い続ける七海君を、ふてくされて唇を尖らせてちょっと睨む。
「お腹の音は、返事じゃありませんー」
「あははっ、分かってるよ。名雪さん、可愛い」
ふわりと微笑んで、甘い声でささやかれて、不覚にもドキドキしてしまう。
なっ、なんですか!? 七海君って……
こんなとこにも、涼しい顔してさらりと甘い言葉をはく男子がいるんですけどぉー!!
甘い笑顔でこんなこと言われたら、誰だってときめいちゃうよぉー!
私は激しく動揺しながらも、とろけるような甘い眼差しにやられないように自我をしっかりと保つ。
「お腹すいてるなら、なにか買ってこようか? まだ、どこかで買えると思うけど」
「そう言えば、今日、お昼食べてなかった……」
ぽつっと漏らした声に。
「すぐ戻ってくるから」
そう言って七海君は立ち上がり、カーテンの外に出て行ってしまった。
私は呆気にとられて七海君が出ていったカーテンを見つめる。
なんだか、さっきの告白はやっぱり聞き間違えだったのかな――なんて思えてしまう。
だって、告白した直後でこのやりとりって変だよね……?
返事もしていないのに、ってか、七海君が返事を期待している様子がなかった事に気づく。
もしかして七海君って、私と両思いと勘違いしてる?
それとも――私が断るのを分かってる、の……?
考えても分からなくて。ただ、自分の気持ちだけははっきりと分かっていたから、苦しくなる。
抱きしめるように両腕をぎゅっと体に回して、ベッドの中に横になった。
しばらくして、戻ってきた七海君は優しく私の髪をなでながら椅子に座る。
「寝てた?」
「ううん……ちょっと横になってただけ」
「なにか買ってくるとか言いながら、自販機のものでごめん」
そう言って差し出したのは、紙パックの麦茶とイチゴ・オレとジャムパンだった。
「ありがとう」
私はそのチョイスにくすりと笑みをもらすと、七海君が決まり悪そうに頬を染めた。
「最初はパンとイチゴ・オレを買ったんだけど、具合悪い時に甘いものばかりはどうなんだって思って、お茶も買ってみた」
「私、イチゴ・オレ好きよ。イチゴのジャムパンも」
お茶はいつも家から持ってきてるから、自販機で買うのってだいたいこのイチゴ・オレなんだよね。
女の子が好きそうなのを選んでくれたのかなって思ったら――
「知ってるよ。名雪さん、よくイチゴ・オレ飲んでるよね。いつも見てたから、知ってる」
そう言って、七海君はうっとりとするような甘やかな瞳で私を見つめるの。ドキン、ドキンって鼓動が跳ねて胸を締め付ける。
好きだって、言葉で、瞳で、しぐさで伝えられて、どうしようもなく切なくなる。
七海君がまっすぐに気持ちをぶつけてくるから、私もちゃんと言わなきゃ、伝えなきゃって思って、震える唇を開く。
「七海君、私、七海君の気持ちには答え……」
だけど最後まで言い終わる前に、私の言葉を遮るように七海君が人差し指をそっと私の唇に押し当てる。
「いいよ、言わなくて。名雪さんは四組の松岡のことが好きなんでしょ」
「――っ!?」
「見てたって言ったでしょ。好きな子のことくらい、見ていれば分かるよ」
どうしてって言おうとした言葉は空気に飲まれて言えなくて、だけど七海君はそんな私の疑問にちゃんと答えてくれた。
「だから――そんな悲しそうな顔しないで」
澄んだ瞳を困ったように揺らした七海君に言われて、一瞬、なんのことか分からなかった。
すっと伸びた手が頬をかすめて涙を拭われて、その時初めて、私は自分が泣いていることに気づいた。
ずっと隠してた想い――
自分さえも認められずに、閉じ込めようとしていた想いに、七海君だけは気づいていた。
七海君の包み込むような優しさが温かくて、ずっと口に出来なかった想いがぽろっとこぼれてくる。
「わ、たし……分かってるの、これがけっして報われない恋だって。松は美咲ちゃんのことが好きで、美咲ちゃんは私の友達で、二人の側にいるのは辛くて、何度も想いに蓋をして……でも好きだって気持ちはどうしようもなくて。私の方には振り向いてくれないって分かってても、好きなの……それでも片思いしていた――」
嗚咽と涙に混ざって、ずっと秘めていた想いを口にした。
なぜだか、七海君になら言える気がして――




