第21話 片思いでいい
翌日、学園祭二日目。昨日から急激に酷くなった頭痛と目眩をなんとか我慢して、学校へと向かう電車に乗った。
せっかくの楽しい学園祭を休みたくないっていうのもあったし、今日も午前中は調理班の当番があるから、休んでクラスの子に迷惑をかけたくないという気持ちがあった。
昨日、教室にいる間考えていたことは、松のことだった。
忘れようと思いながらも、忘れられずに苦しんで。友達として私に優しくしてくれる松に八つ当たりして。松の隣にいられる美咲ちゃんに嫉妬して。
ほんと、私って何やってるんだろうって思った。
ぜんぜん気持ちを押しとどめることも出来ず、苦しいからって松に酷い事まで言って。
だけど、それで気づいたの――
無理に忘れよとするから苦しいんだって。
私は松が好き――
好きなことをやめられない――
松が美咲ちゃんを好きなのは分かってる。片思いでいい。けっして自分には振り向いてもらえない――それでも片思いしていたい。
強くそう思って、分かったの。たとえ口にできない想いだとしても、自分だけはその気持ちを大事にしてあげようって。
多くは望まない。今までどおり友達として接する。ただ好きでいるだけでいい。
自分の素直な気持ちと向き合って、今までの苦しい気持ちがどこかへと流れていく。
今なら松とちゃんと友達として接することができそうで、心が軽かった。
十三時を過ぎ調理班の交替の子が来る。ちょうどストック用のケーキが切れたから教室に持ってきてとメールが来ていたから、ケーキを教室に持って行ってから休憩にしようと思って教室に向かったら、バックヤードがなにやらざわついている。
私は不審に思いながらも教室に足を踏み入れると、椅子に座った女子を取り囲むように数人のクラスメイトが立っている。
「どうしたの?」
ちょうど結衣がいたから声をかける。
「それがね、関さんが階段踏み外して捻挫しちゃったんだって」
「えっ、捻挫!? それは痛いよ……」
悲痛に顔を歪めて、椅子に座る関さんに視線を向けると、右足の足首に包帯をぐるぐると巻いていた。
「保健室に行って、早退して病院に行くように言われたんだけど」
そこで言葉を切った結衣が、困ったように首を傾げて関さんを見る。
「関さん、午後のメイド当番なのよ。今はお昼過ぎて落ち着いてるから回せるけど、一人足りないとね……」
「誰か代わりの人はいないの?」
「ここにいるのって午前当番だった人ばかりでしょ。昨日当番の子にはメールしてみてるんだけど繋がらなくて……私が代わってもいいんだけど……」
「結衣、昨日も今日も当番だったじゃん。それに午後は八木君と回るって楽しみにしてたでしょ……?」
「啓斗は事情を話せば分かってくれると思うけど……」
「ダメだよ、誰か一人くらい空いてる人見つかる、で、しょ――」
言いながら、その空いている人物が思い浮かんで、語尾がだんだんと掠れていく。
自分で墓穴掘って、苦虫をかみつぶしたような顔になる。だけど結衣は気づいていないみたいで。
「そんな人いる?」
なんて訝しむの。
「どうしようか……」
私と結衣が話している横で、関さんと他の女子が話している声が聞こえる。
「私、やるよ。みんなに迷惑はかけられないし」
「その足じゃ無理だって……」
「でも、代わりの人見つからないし……」
痛みを我慢して立ち上がろうとした関さんを見て、私はぎゅっとつばを飲み込んで関さんに話しかける。
「私がやるよ。だから、関さんはちゃんと病院に行って。捻挫は甘く見たらなかなか治らないんだから」
「名雪さん……」
「芹香っ!?」
驚いた声をあげて結衣が私の肩を揺するから、私は視線だけを結衣に向ける。
「大丈夫だから――」
関さんにではなく、自分に言い聞かせるように言って、強く唇をかみしめた。
※
本当はさ……メイド服を着るの嫌だったんだよね。調理班は必ず二日間とも当番がある代わりに、接客の方はしなくてもいいって言われたから、それもあって調理班を志望していたの。
女の子だからさ、一度はこんなひらひらの可愛い服着てみたいとは思うけど、誰か知っている人に見られるって思ったら、恥ずかしくって。
そう言った私に、結衣が。
「学園祭だよ、お祭りだよ! 仮装だと思って楽しめばいいのにっ」
って言ったけど、私はその言い分を受け入れられなくて、頑として当日の当番を拒否した。その代わり、調理班として二日間とも当番があるから誰も文句は言えないと思うけど。
とにかく、メイド服拒否! をした私が、自分からメイド服を来る名乗りをあげることになるとは……
女子更衣室で着替えを済ませた私は、鏡の前に立ってはぁーっと大きなため息をもらす。
将来デザイン科にすすみたいっていう子が考えたちょっと変わったデザイン。出来上がりを見るだけなら素直に可愛いって思えるのに、自分が着ると、とてもじゃないけど可愛いなんて思えなかった。
「芹香、着替え終わった~?」
「うん……今、出る……」
更衣室の外から結衣の声が聞こえて、私は鏡の前で動けなくなっていた体を無理やり動かす。
八木君のところに行っていいって言ったのに、私が着替えてからにするって言った結衣は更衣室までついてきて、更衣室から教室まで一緒に歩く。
校内には、結衣いわく仮装の人達があちこちにいて、メイド服なんでそんなにめだっていないことに安堵する。
それでも、やっぱり少し凝ったデザインだからか、すれ違う人がちらちらと見ているようで、なんだか居心地が悪かった。




