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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
高1編:side芹香
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第2話  予感



 彼氏の結城君と行くはずだったゴールデンGP。

 チケットを欲しがっていた松岡君にあげて、私は行かないつもりだったのに――


「一緒に行くだろう?」


 さも当然のように満面の笑みで言われて、私は思わず頷いていた。


「う、うん……」

「アドレス、赤外線で送るよ」


 言われるままに、私は携帯を手にとって赤外線を起動する。


「送れた? じゃ、名雪のアドレスも送って」


 そうこうしているうちに始業のベルが鳴って、松岡君は自分の席へと戻っていった。

 突然松岡君と行くことになってしまったゴールデンGPのチケットを眺めていた私は、担任が教室の扉を開けた音に、あわててチケットをお財布の中にしまって鞄を閉じた。



 それから松岡君とは教室では特に話すことなく家に帰り、夕飯を食べ終えて部屋に戻るとメールが届いていた。


『チケットありがとう! 行きたかったけど前売り券買えてなかったから、すっげーうれしい。あっ、チケット代は今度払うね。待ち合わせはどうする?』


 そんなメールが来ていた。

 高校生になって約一ヶ月、松岡君とはほとんど話したことないのにメールすることになって、なんか不思議な気分だった。

 私は返事を送り、何度かメールのやりとりをして、ゴールデンGPが行われる等々力陸上競技場のそばの新丸子駅に十三時五十分に待ち合わせることになった。

 連休を挟み三回学校に行ったが、松岡君とは学校ではほとんど話さず、メールのやりとりを数回して、ゴールデンGPの当日、五月八日をむかえた。



  ※



 うちの最寄り駅でもある新丸子駅まで歩いて行くと、すでに改札の前で待っている松岡君を見つけて、私は掛け足で近づいた。


「松岡君、お待たせ」


 柱に寄りかかっていた松岡君はとんっと柱を蹴って立ち上がり、笑顔で片手を上げる。

 細身のブルーグレーのGパンにボーダー柄のTシャツを合わせ、その上からミントグリーンのパーカーを羽織った松岡君はお洒落で、さらさらの髪に縁取られた顔は男の子らしくて、つい見とれてしまう。

 わぁ~、こうして改めて見ると、ほんと、松岡君ってカッコイイんだな、なんて実感してしまう。

 私が口を開けて見とれていたからか、松岡君は首を傾げて不思議そうに私を見下ろした。


「あっ、ごめん……なんでもないんだ」


 あまりにも澄んだ瞳に覗きこまれて、笑ってごまかして視線を横にそらす。


「そう? じゃ、行こっか?」


 言って歩き出した松岡君に続いて歩きだし、私はずっと聞きたかったことを聞いた。


「松岡君って、毎年、ゴールデンGP行ってるの?」


 チケットを見た時の松岡君の瞳の輝きは印象的で、ゴールデンGPを知っているくらいだから陸上に興味があるんだろうなと思う。


「去年が初めて。行ってさ、プロの走りを間近で見てすっげー興奮したっ! 地元でこんなん毎年やってるなんて知らなくてもったいなくてさ、今年も行こうって思ったのにチケット買い損ねて。当日行って券買えなかったらどうしよーって思ってたんだ。だからさ、名雪がチケット持ってるの見て、思わず声掛けちゃったんだ」


 そう言った松岡君は少し照れたように目を細め、白い歯を見せて笑う。


「名雪は毎年行ってるの?」

「うん、今年で六回目。家が近いし、中学の時は陸上部だったから、部活のみんなと一緒にね」

「名雪って陸上部だったの?」

「うん」

「俺も! 高校でも陸上部に入ったんだ。名雪は? 高校は部活やらないの?」

「んー、高校は部活は入らないつもり。夢があってね、だから勉強頑張ろうと思って高校は近くの錦ヶ丘高校を選んだんだ……」


 そのせいで結城君と別れることになっちゃったけど、後悔はしていなかった。それでもやっぱり、彼と過ごした時間は楽しくて、もうそんな時間を過ごすことはないんだと思うと寂しかった。

 黙りこんでしまった私に、松岡君は優しげな視線を向けてぽんっと肩を叩く。


「すごいな、もう将来のこと考えてるなんて。俺なんて、明日は一秒でも早く走れたらいいなぁ~、くらいしか考えたことないな」


 ちょっとおどけたその言い方が胸にしみる。私の気分が下がったことを敏感に感じ取って気づかってくれる松岡君の優しさが伝わってきて、泣きそうになった。


「走るの好きなんだね」

「うん!」


 力強く頷いた松岡君には迷いがなくて、とても輝いて見える。

 何かを好きだって強く言えることが羨まして、自信にあふれた松岡君の日に焼けた精悍な横顔がまぶしくて。


「名雪は? 走るの好き?」


 その質問に、私は迷うことなく首を縦にふっていた。

 私の方を向いた松岡君は、左の頬にはえくぼをつくってにっこり笑う。


「いつか、一緒に走れたらいいな」

「うん」


 松岡君に言われたら、素直に頷くことができた。

 高校に入学して陸上部には入らなかったけど、走ることまでやめる必要はないんだって気づかされて、私の胸の中でわだかまっていた気持ちがすっとほぐされたような気がした。

 行くのが憂鬱だったゴールデンGPも松岡君との陸上話が盛り上がって、二人で声をからしながら叫んで応援して、来てよかったって心から思った。

 松岡君の話し方はとってもスマートで、その上、相手の話を引き出して聞くのが上手で、楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまった。今まで話す機会はなかったけど、これから松岡君と仲良くして、いい友達になれる予感がした。




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