第19話 不機嫌な彼
「それって矛盾してない?」
結衣の言葉が胸に刺さる。
私だってそんなことは気づいてる、だけど気づかないふりをしていたの。考えたくないから。
だって、そうしたら美咲ちゃんはなんのために私をお昼に連れていくの? まさか、私の気持ちに気づいているとか――?
さすがにそれは勘繰りすぎだと思って、肩を落とす。
「私もそう思うけど。きっと友達づきあいも大事にしてくれてるんだよ」
それが私の中で導いた結論。ってか、こう言い聞かせて納得するしかなかったんだよ。
「まぁ、芹香がいいならいいけど」
他人事だからって、急に軽い口調で言う結衣を私はちょっと睨みつける。
「よくないっ。てか、もう一緒に食べることはないと思うよ」
「えっ、なんで!?」
結衣が驚いて大きな声をあげるから、周りを歩いている人がちらちらと私達の方を振り向いていく。
「私がいる方がおかしいでしょ? だから、もう今度はないの。それに松とは……」
そこで言葉を切る。
松に八つ当たりして酷いこと言って、私はこれからもちゃんと友達出来るのかな――
そんな不安が押し寄せてきて黙っていると、結衣が緊張に包まれた声で囁く。
「もしかして、松岡君と喧嘩でもしたの?」
「んー……、うん」
喧嘩っていうよりは私が一方的に松に酷いことを言っただけなんだけど、あれから松と会ってないから、松があの時のことをどう思っているのか分からなくて、会うのが怖い。
自分であんなこと言っておいて、もし松に無視されたらって想像するだけで体中が凍るような思いだった。
「二人が喧嘩なんてめずらしくない? あんた達、いつもあんなに仲良いのに」
「うーん、そうかな……」
今はその言葉が胸に刺さって痛い。
「ねっ、何が原因かは知らないけど、芹香がそんな顔してるのは後悔してるからなんでしょ? だったら早めに謝って仲直りしなよ」
「私、そんなに酷い顔してる……?」
「うんっ!」
結衣に力強く頷かれて、へこんでしまう。
だってこんな顔で松に会うなんて……
ってか、これから会わないといけないんだよね。はぁー。
小さなため息をついていると。
「ちょうど、これから陸上部行くんだし、謝っちゃいなよっ!」
結衣にバシッと背中を叩かれて、私は涙目になって結衣を睨む。
「痛いよ、結衣」
「ほらほら、焼そば屋、見えたよ~」
そう言って結衣が小走りで焼きそば屋に近づく。視線をあげれば、焼きそば屋の看板をたてたテントの中で、松と菱谷君が焼きそばを作っている姿が見える。
黒Tシャツにエプロンとバンダナを巻いた松は真剣な眼差しで焼きそばを炒めていて、その姿を見ただけで胸がきゅっと締め付けられる。
「やっほ~」
結衣が明るい声で言って、松と菱谷君が同時に顔をあげる。
「藤堂さんと芹香ちゃん、いらっしゃい」
「焼きそば二つね」
結衣が注文して、焼きたてを松が入れ物に詰めてくれる。
「芹、今休憩中?」
さっきまでどんな顔して会ったらいいとかぐちゃぐちゃ考えていたのに、松があまりにも普通に話しかけてくるから、私も普通に答えてしまった。
「うん、私は今日も明日も午前中担当だから」
「そっか」
「松は? 美咲ちゃん午前中接客当番だったと思うんだけど、見た? 美咲ちゃんのメイド姿」
こんな話自分からするのは複雑だけど、笑って聞くと、松はふいっと視線を外して答えてくれはしなかった。
松から焼きそばを受け取る代わりに代金を渡したんだけど、やんわりと断られてしまう。
「いいよ、俺のおごり」
「でも……」
「あー、芹香ちゃん、ほんといいからね」
「そう? それなら……ありがとう」
菱谷君に言われて素直に受けとると、松がわずかに眉根を寄せて私をじぃーっと見ていた。それが不機嫌な時の顔だって気がついて、首を傾げる。
私なにかしたかな……? 普通に話せたって思ってたのに、今度は不機嫌。
びくびくしながら松の反応を待っていると、結衣が横から松に話しかける。
「ねっ、松岡君は休憩いつなの?」
松が結衣に視線を向けて答えようとした時、菱谷君が先に答えてしまう。
「俺達はさっきまで休憩だったから見てきたよ、藤堂さんのメイド」
そう言ってからかうように松の脇腹を菱谷君が肘で突く。松はわずかに頬を染めてふいっと横に視線を落とした。
「あー、そうなんだ。じゃ、頑張ってね」
居心地の悪い雰囲気に、私はそそくさとその場を立ち去ろうとしたんだけど、結衣が頑として動こうとしない。
「芹香が松岡君に話があるって言うんだけどぉ~」
そんなことを言いだすから、慌てて結衣の腕を引っ張る。
「結衣っ!」
「普通にしてるけど、なんか雰囲気悪いよあんた達。さっさと松岡君と話しなよ」
結衣が小声で私だけに聞こえるように言うから、私も耳元で言い返す。
「いいって、こんなとこじゃ話せないし」
ってか、なに話したらいいのか分かんないし……
「芹……?」
松が澄んだ瞳で探るように私を見つめているから、私は慌てて言う。
「なんでもないから、気にしないで。じゃあね」
笑顔を作ったつもりだけど、きっと顔は引きつっていたと思う。
私は渋る結衣の腕を引っ張って昇降口まで歩く。
「結、衣~!」
私が泣きそうな顔で睨みつけても、結衣はしれっとした顔で言うの。
「私は悪いとは思っていないよ」
びしっと立てた人差し指を私の鼻先につけて、片方の手を腰に当てて結衣が真剣な表情で言う。
「こういうのってさ、タイミングが大事なんだよ。あとでって言ってずるずる引き延ばすと、ぜったい後悔するんだからっ!」
その言葉が胸にしみる。
「分かってる、けど……」
苦しげにつぶやいた言葉も、結衣にばっさりやられる。
「分かってるならちゃんと話しなよっ! 私は啓斗のとこで焼きそば食べてるから、芹香は松岡君のとこ行くんだよ、いいねっ!」
そう言って結衣は焼きそばを一つ取って、さっさと階段を上がって行ってしまった。




