第18話 恋心は矛盾だらけ
『松には関係ないでしょ――』
冷たく言い放った自分の言葉が胸に突き刺さる。
あれは完全に八つ当たりだった。松は悪くない。それでも一度言ってしまった言葉は取り消せなくて、気まずい雰囲気のままあっという間に一週間が立ち学園祭当日がやってきて、私は第二料理室で慌ただしく開場前の準備と点検をしていた。
喫茶店のメニューはドリンク数種類とケーキ二種とサンドウィッチ。ドリンクは買ってきたのを注ぐだけで、ケーキとサンドウィッチは簡単な手作りだから、調理班は学園祭の間はほぼ調理室に籠って作業をしなければならない。まあ、交替でやるからずっとではないんだけどね。
ちなみに、結衣が担当していたメイド服はなんとか昨日の学園祭準備中に仕上げることができた。
一日目は昼過ぎまで調理室にいて午後からは結衣と一緒に校内の出し物を見て回る約束をしていたから、接客当番だった結衣を教室に迎えに行って、まずは結衣の希望で隣の二年四組の教室に行く。
「やっほー、啓斗」
教室に入ると中は机と椅子が片付けられていて、すごく広く感じる。教室ってこんなに広かったんだぁって感心していると、受付にいる八木君に結衣が声を掛ける。
「結衣、今日の当番終わったのか?」
「うん。どう? お客さん来てる~?」
「まあままかな。今は昼時で人少ないけど、やってく?」
そう言って八木君が差し出したプリントには『体力測定! あなたの肉体年齢は!?』と書かれ、その下に六つの測定項目の欄がある。
「四組は体力測定なんだね」
教室を見渡せば、壁の前には握力計とか置いてあってその上に年齢と結果との比較表が貼ってある。黒板には、測定記録が良い人の名前と数字が書かれている。その中に松の名前を見つけてしまい、ドキンッと胸が跳ねた。
「うちのクラスは運動部が多いからさ、部活の方の出し物の手伝いとか忙しくて、当日当番に回れる人が少ないんだ。で、体力測定なら準備簡単だし、当日は当番そんなに必要ないからさ」
「なるほど~」
私は強く頷いて笑う。合理的というか、さすが国立志望の子達のクラス。かくいう我が三組も国立志望だけど、うちは部活の出し物がある人が少なくて、来年は受験で忙しくてクラスの出し物はできないだろうから今年はなるべくクラス皆でやれることをやろうって事になったんだ。
それから結衣と握力、背筋力、立位体前屈、上体起こし、反復横とび、空き缶積みをして、それぞれ自分の結果に悲鳴と苦笑をもらす。
「芹香はさすが元陸上部って感じだね……」
言いながら結衣は眉間にすごい皺を刻んで自分のプリントを睨みつける。八木君が後ろからひょいっとそれを覗きこんで、けらけら笑い出した。
「やばいだろ、結衣、この結果……」
私も結衣の結果見たけど……ここでは体力年齢が何歳だったかは言わないことにしよう、うん。
さんざん八木君にからかわれて機嫌をそこねた結衣が、話題を変えるように教室を見回す。
「ところで、松岡君は?」
四組の教室には、八木君の他に当番の子が三人いるだけで松の姿は見当たらない。
「松岡は陸上部の方行ってるよ、焼きそば屋だって。行ってみたら?」
「お腹すいたし、行ってみようか?」
「……うん」
松に会うのは気まずいけど、焼きそばは食べたいかも。
時間を確認したらもう二時過ぎていて、まだお昼を食べていなかったから校庭の出店に行くことにした。
校庭に向かって歩きながら、私は結衣に尋ねる。
「八木君とは一緒に回らなくていいの?」
「今日は休憩時間があわないけどさ、明日は一緒に回る約束しているからいいの」
そう言って笑った結衣はどこから見ても幸せそうで、なんだか羨ましくなって、小さなため息をつく。
それに気がついた結衣が、訝しげに私を見て。
「芹香、元気ないね。なにかあった?」
結衣に心配かけちゃいけないと思って笑って見せたんだけど、結衣は余計に眉根に皺を刻む。
「芹香ぁ~?」
強い口調で言われて、私は観念する。言わないでいる方が心配かけるんだったら、言うしかないよね。
私は、松への気持ちに気づいてしまったことを覗いて、最近の出来事を話した。
「……というわけで、松達のランチに付き合うのが憂鬱っていうか、疲れちゃって」
そう言うと、結衣は納得したように渋い声を出す。
「ああ~、松岡君と藤堂さんのランチデートね。すごい噂だもんね、『美男美女カップル誕生!』って」
電車の中づりのタイトルみたいに、そこだけ強い口調で言う結衣の言い方がおかしくて苦笑をもらす。
「そうなんだよ、二人の邪魔をしてるみたいで気まずいっていうのもあるけど、それよりもなによりも、周りの視線が痛くて……」
「ってかさ、なんで芹香が同伴?」
「さあ?」
私が聞きたいよって思いで、肩を下げてみせる。
「付き合いはじめは二人きりって気まずいって言ってたよ……私のが気まずいけど」
最後は小さな声でボソッとつけ足す。
結衣はその声が聞こえてしまった様で、同情するように苦笑する。
「高校入学してから藤堂さんが誰かと付き合うってはじめて聞く噂だしね~」
「そんなことまで噂になってるの……?」
誰がいつ誰と付き合ってる――なんて、すごい個人情報じゃん。
背筋がぶるりと震える。私はこの時初めて、女子の噂って恐ろしいと思ってしまった。
「藤堂さんでも緊張とかするんだね」
「美咲ちゃん、人見知りだからね」
「でもさ、そのわりには最近二人でいるとこよく見かけるじゃん? それって矛盾してない?」
結衣の鋭いつっこみに、私はぴくっと肩を揺らした。




