第16話 友達だから
先を歩く松がゆっくりと振り返り、私を見つめる澄んだ瞳が、一瞬、泣きそうに揺れたように見えて、私の胸をつく。
「藤堂さん……? どうして……」
その声が動揺に震えているのに気づいて、なんだか私の方が落ち着いてしまう。
やだな、そんなに照れた顔されたら、もう私になんか入りこむ隙はないんだって思い知らされて、案外簡単にふっきれそうな気がしてくる。
「どうしてって、やだな、美咲ちゃんから聞いたよ? 付き合いだしたんでしょ」
苦笑して言う私に、松がなんとも言えないような顔で私を見下ろす。
そんな顔しないでよ……、せっかく想いが実ったんだから、もっと嬉しそうな顔してくれなきゃ。
「おめでとう」
私はめーいっぱいの笑顔で松に言う。松に笑ってほしくて。
それなのに松は黙って私を見ている。だから、無理しても松に笑顔を向ける。
「私さ、二人が両思いだってずっと知ってたから、ちゃんとくっついてくれてよかったよ、嬉しい」
そう言ったら、松は何も言わずに、私の頭をくしゃっと撫でて歩き出した。
もうそこにはない感触を求めるように思わず頭に手を伸ばして、はっとして、私はゆっくりと松の後を追った。
「照れなくてもいいのに」
「そんなんじゃねーし……」
ぽつっとすねたように漏らした松に、私はくすりと笑みをもらす。
「何かあったら、相談にのるからね。私と松はさ、友達なんだから」
言って笑いかける。
友達なんだから――
自分自身に言い聞かせるように言って、固く、心に蓋を閉じた。
※
始業式が終われば、もう次の日から六時間授業。ああ、なんて高校生って忙しいんだろう。私は心の中でため息をもらしながらも、授業に集中する。
始業式の日、松と話して少しはすっきりした感じ。まあ、まだ美咲ちゃんと松が一緒にいるのを見るのは辛いんだけど、って……
なんで、私はこんなところにいるのぉ~~~~!?
夏の陽気が残る強い日差しに照らされた中庭の一角に、レジャーシートを広げて座る仲よさげな美咲ちゃんと松の向かい側、そこに私はちょこんと座っている。
居たたまれない!
この二人の間にいるのもいたたまれないんだけど、周りからの視線が痛いよっ!
なんでこんなことになったかというと――
四限目が終わって教科書を片していたら。
「芹香ちゃん、一緒にお昼たべよう」
私の机の側に来て、花が綻ぶような綺麗な笑顔を浮かべた美咲ちゃんに言われたら、断ることなんてできない。
だいたいは、美咲ちゃんか結衣とお弁当を食べてるから、こうやって誘われるたのは驚かないんだけど。
「うん、いいよ」
「今日は天気がいいから中庭で食べようと思うんだけど、いいかな?」
そう言って、美咲ちゃんが手に持った可愛いレジャーシートを持ち上げて微笑む。
私は手早く鞄の中からお弁当を取り出して、購買でジュース買いたいからって、美咲ちゃんには先に中庭に行ってもらったんだ。で、購買寄ってから中庭に行ったら、中庭でお弁当食べてる子達がざわざわ囁きながら、一角を見つめてる――っと思ったら、そこには美咲ちゃんと松がいてビックリっ!
えっと、どういうこと……?
私は状況が掴めなくて、その場に呆然と立ち尽くしていると、側にいた生徒の声が耳に入ってくる。
「見て、松岡先輩と藤堂先輩だよ。あの二人って付き合いだしたって噂だよ」
「えー、うっそぉ。私、松岡先輩に憧れてたのに……」
「そなの? でもさ、悔しいけど、あの二人ってお似合いだよね」
私はその言葉を聞いて、ふふっと笑みをもらす。
ほんと、私もそう思うよ。絵に描いた美男美女ってカンジで。
私は回れ右ってして、教室に戻ろうとしたんだけど、私が動くよりも先に、美咲ちゃんの可愛い声に呼び止められてしまった。
「あっ、芹香ちゃん、ここだよ」
松と美咲ちゃんに向いてた視線が一気に私に向いて、たくさんの眼差しに見つめられて、体が固まる。
わぁー、そんな視線で見ないでぇ……
おまけに、松がすごい驚いた顔で私を睨んでるから、ほんと、いたたまれない。
なんでお前がいるのって目で見てる……
そりゃ、そうだよね。彼女と二人で楽しいランチタイム――にお邪魔虫がいたら。
美咲ちゃん、私が一緒だって松に言ってなかったの!?
ってか、その前に、なんで私を誘うのよぉー……!!
「芹香ちゃんも一緒にって誘ったの。いいよね?」
雪のように白い肌をほんのりと桜色に染めて、ふわりと可愛い笑顔で言われたら、嫌だなんて言える男がいるのだろうか……
当然、松は小さく頷いて、私は美咲ちゃんに手を引かれてレジャーシートに座らされる。で、今に至る、と……




