第14話 心のスイッチ
お祭りの翌日、美咲ちゃんから松と付き合うことになったという報告メールがきた。
泣き腫らして赤くなった瞼に蒸しタオルを乗せて部屋で横になってた私は、おめでとうと送ることしか出来なかった。
今はまだ、心から二人のことを祝福できない自分が腹立たしくて、嫌になる。
私を頼って相談してくれた美咲ちゃんに対して、松を好きになったことは絶対に言えないし、もやもやした気持ちが渦巻いて後ろめたくて、どんどん気分が下がってくる。
こんな調子で、二学期までにちゃんと二人を祝福出来るようになるのかな。二人がいる姿を見て、平静でいられるのかな……
ネガティブな思考回路にはまって出てこられなくなってしまう自分に喝を入れる。
ベッドから上半身を勢いよく起こし、ぱんっと両手で頬を挟むように叩く。ひりひりする頬の痛みに、ぎゅっと瞼を閉じる。
出来るかな……じゃなくて、出来るようにならなきゃいけないんだよっ!
松は友達で、私は二人の幸せを祝福するのっ!
さいわい、切り替えが早いのは自分の長所だと思っている。
そうよ、もともと家から近い錦ヶ丘高校に入ったのはなんのため? 将来の目標のため、大学受験のために勉強に専念するんでしょ。
よっし、勉強よーっ!
一度頭を切り替えると早いもので、夏休みは勉強漬けの毎日を過ごした。もちろん、結衣と遊んだり、家族で旅行にも行ったけど、それ以外は勉強ばかりをしていた。まあ、有意義な夏休みになって良かったと思うけどね。
一度、お盆前に松から遊びの誘いのメールが来たけど、今はまだ二人きりではどんな顔をして会ったらいいのか分からなくて、夏期講習といって断ってしまった。
※
そうして長い夏休みが終わり、二学期が始まった。
っといっても、まだ八月だけど……とにかく二学期は忙しい。学校が始まって二週間後には学園祭があるからその準備があるし、その後は模試が立て続けに二回、それが終わったと思ったら十月には中間試験なんだもの。
学園祭の出し物は一学期のうちから決めていて、うちのクラスは執事・メイド喫茶。生徒が執事とメイドの格好をして喫茶店のウエイター、ウエイトレスをするんだけど、衣装班、装飾班、調理班、買出し班……それぞれ役割分担して学園祭に向けて準備してる。
料理が好きで調理班に立候補した私は、あらかじめ決めたメニューの作り方とか、当日使う食器の手配とか、だいたいは夏休み中に終わっているから、あとは当日の当番をするだけで放課後に残ってやることは特にないんだけど……
「芹香ぁ~……」
帰ろうとしたところに泣きついてきた結衣を放っておくことは出来なくて、私はため息をもらす。
「結衣……、なんで夏休み中に進めておかなかったの……?」
呆れて言うと、結衣は「だって……」と言い訳する。
男子の衣装は親兄弟や知り合いから既成のスーツを借りてそれにアレンジを加えるだけなんだけど、メイド服はほぼ手作り。被服部の子が二人いて、その子達が率先して作ってくれてるんだけど、結衣も衣装班で衣装作りに苦戦しているってわけ。
教室の中には、装飾班と衣装班が残って学園祭の準備に追われている。
私は結衣の机の上に広げられた衣装を手に取ってみて、ため息を一つ。パターンはすでに裁断されていて後は縫うだけなのに全然進んでいない……
学園祭当日は当番制でクラスの女子全員分の衣装を作るわけじゃないけど、被服部二人と他六人で執事の服とメイド服を各五着作らなければならない。結衣は切られたパターンを縫うのが担当で、一着仕上げないといけないらしいんだけど……あと二週間しかないっていうのに結衣の作業ペースでは到底間に合いそうになくて、私は鞄を机の上に置いてロッカーから裁縫箱を持ってくる。
「手伝うから、さっさとやっちゃおう」
そう言って、私はスカートパーツを待ち針で止めていく。
結衣が明らかに遊んでて作業が進んでいないのは分かったけど、これはクラスの出し物だから結衣を見捨てることは出来なくて、私はさくさくと手を動かしていく。
そんな私を、結衣は呆けたように見つめてるから、ちょっと睨んでやる。
「結衣、手を動かして」
「なんで、芹香ってそんなに器用なの……?」
羨望の眼差しで見つめられて、結衣の手元をみてがっくりと肩を落とす。
だって、仮縫いの仕付け糸の波がすごいことになってるんだもの……
「結衣って……不器用だったんだね……」
私の中での結衣のイメージって、頭いいしサバサバしててなんでも器用にこなすイメージだったのに……
「さっ、裁縫はちょっとだけ苦手なのよ……」
頬を染めてふてくされて視線をそらす結衣に、ちょっとだけ?? と心の中だけで突っ込んでおく。
「なんで衣装班なの?」
「じゃんけんで負けたのよ……」
「あー……」
私は納得して遠い目をする。だいたいこういう学園祭の分担って偏りが出るんだよね。時に、衣装と調理は不人気。私や被服部の子みたいに立候補する人はいるけど、それ以外はだいたいじゃんけんで負けて仕方なくってカンジ。
結衣とは夏休みの間も塾でしょっちゅう顔を合わせていたし、遊びにも何度か行ったけど、お互いの夏休みの出来事とかお喋りしながら作業を進めていく。
結衣が何度もお喋りに夢中になって手が止まっているのを私が注意して、これ原因で進んでいないんだなって納得してしまう。
すっかり日が暮れ始めて、窓の外がオレンジ色に染まり、下校の放送が流れだす。
「うー、疲れた……。芹香、手伝ってくれてありがと」
「どういたしまして、一緒に帰る?」
「ごめん、啓斗が迎えに来るんだ」
片目をつぶって可愛く言う結衣を、私はにやにやとした顔で見つめる。
お祭りの後は仲良くやってるみたいで良かった。
「仲良しでいいわね~、じゃ、お邪魔虫は退散しまーす」
そう言って、鞄を持って教室を出ようとした時、教室の扉が開いて人とぶつかりそうになる。
「きゃっ」
「おっ、ごめ――」
頭の上から降ってきた声が、ふっと途切れたから顔をあげると、松が瞠目して私を見下ろしていた。
「ま、つ――」
約一ヵ月ぶりに見る松は日に焼けていて、夕陽を背に受けて眩しいくらいカッコよく見えてしまって、息が止まりそうだった。




