第12話 友達 < 恋人
お祭り当日、私は夏期講習に参加していたけど、ぜんぜん先生の声が頭の中に入ってこなかった。
昨日、美咲ちゃんから来たメールが脳裏にちらついて、ぜんぜん勉強に集中出来ない。
ふぅーっと大きなため息をついたら、横の席でお弁当を食べていた結衣が一緒になってはぁ~っとため息をつく。
今日は午後にもまだ一つだけ講義があるから、お弁当持参で教室でランチタイム。
夏期講習に一緒に通っている結衣は、やつれたようにぐったりしている。
「結衣、大丈夫――?」
私が尋ねると、わぁーって泣きながら私に抱きついてくる。
「聞いてよ、芹香! 啓斗ったら、今日のお祭りクラスの男子と一緒に行く約束しちゃったとか言うのよ、信じられないでしょ!?」
目に涙いっぱい浮かべた結衣にすがりつかれて、私は頷くしかない。
八木 啓斗君っていうのは結衣と同じく一年の時のクラスメイトで、今は松と同じ四組。結衣とは去年の冬から付き合いだした彼カノってこと。
「普通さ、友達より彼女優先するべきだと思わない!?」
その言葉がなぜだか胸に突き刺さるけど、私はよしよしって結衣の頭をなでてあげる。
「うーん、そうだね……でも、八木君も反省してるんじゃない?」
「ぜんぜんっだよ! 『あっ、忘れてた、ゴメン』ってそれだけなんだからっ、ほんと信じらんないっ!」
私は結衣を抱きしめたまま天井を仰いで、うーんと考える。
「じゃあさ、私と一緒にお祭り行く?」
「えっ!?」
結衣があまりにも大きな声を出すものだから、教室でお昼を食べている子がちらちらとこっちを向いて、視線を感じてかぁーっと結衣が頬を染める。それから私の耳に顔を近づける。
「……芹香、松岡君と一緒に行くんじゃないの?」
私は答える代わりに、首を横に振って苦笑する。
「なんで!?」
「松には先約があって、私は今年一人なんだぁ~。だからさ、結衣、私と一緒に行かない?」
先約っていうのは嘘だけど、一人なのは本当だから。
「いいけど、松岡君の相手って誰よ?」
「さぁ……?」
本当は知っているけど、なんとなくそう言って、私は首を傾げた。
松に夏期講習で行けないって断った手前、本当は夏期講習が終わったら家に帰ってお祭りには行かないつもりだった。
だけど、お祭りに行きたいって気持ちがほんの少し残っていて、結衣に彼氏にドタキャンされたって泣きつかれたらその欲がうずうずと顔を出してきて、そう言わずにはいられなかった。
松と美咲ちゃんに会ってしまったらまずいけど、お祭りは毎年すごい人手で、そこで偶然にも出会うなんてことはないと思ったの。それに――
昨日美咲ちゃんから来たメールに、細かく今日の待ち合わせの場所とか時間が書かれていて、それを避ければ会う可能性はゼロに近いと思った。
午後の講義を終えて結衣と夕方待ち合わせの約束をした私は、一度家に帰って浴衣に着替えることにした。
去年お祭りに行く時に浴衣を着ようと思ったら、小学校の時に着たのはもう柄が子供っぽくて着るの諦めて私服で行ったんだよね。そのことをお母さんが覚えててくれて、新しい浴衣を新調してくれたんだ。
もちろん、本当は松と一緒に行く時に着ていくつもりだった。でも松の誘いを断って、お母さんにお祭り行かないなんて、せっかく浴衣買ってくれたのに申し訳なくて言えてなかったんだ。だから、相手は松じゃないけど、浴衣を着ていこうと思ったの。
髪の毛を耳の上あたりで一本に結わいてお気に入りのシュシュをつける。私の髪の毛は肩より少し長いセミロングで、普段は下ろしていることが多いんだけど、浴衣にはアップがいいかなと思って。
浴衣はお母さんに手伝ってもらいながら着る。白地に紫の蝶のぼかしが入った生地に薄紅と赤の大輪の花が描かれた浴衣に、蝶の刺繍の施された紫のぼかし帯を結ぶ。最近はやりの造り帯は嫌いだから、ちゃんと平帯で結ってもらう。
「はい、完成っ!」
きゅっときつく帯を結ばれて、ぽんっとお尻を叩かれる。お母さんのその行動に、ちょっと眉根を寄せ、それからお礼を言う。
「ありがとう」
「どういたしまして。お祭り楽しんできなさい、帰りは連絡するのよ」
「はーい」
白地に蝶の刺繍の巾着を持って、紫の鼻緒の下駄をはいて、待ち合わせの駅へと向かった。
お祭り会場は広く、二つの駅のちょうど真ん中で、私は松と美咲ちゃんが待ち合わせした駅とは違う場所、時間も少し遅らせた。これで、会うことはないでしょ。
「芹香!」
「結衣、こっち」
といっても、駅前はすでにすごい人で結衣と合流するのでさえ一苦労。改札を抜け、人混みをかき分けてくる結衣に手を振る。
「浴衣着てきたんだね」
「そういう結衣だって……」
言って、私と結衣はお互いの顔を見て笑いあう。
「もう、啓斗なんて知らない! 今日は女同士で楽しもうね~」
私と腕を組んだ結衣は叫ぶと、ぐいぐいとお祭り会場へと歩きはじめた。