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好きだから、嫌いになって  作者: 滝沢美月
高2編:side芹香
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第11話  決意と小さな痛み



「芹香ちゃんって、八月のお祭り行ったことある?」


 八月のお祭りというのは、この辺りでは大きなお祭りで、毎年八月の頭に行われる。出店がたくさん並んで、花火が上がって、すごく賑やかなお祭り。

 私は人混みって苦手だがら、今まであまり行ったことがなかったんだけど、去年は行ったなぁ~と思い出して、口を開こうとしたら。


「私ね、そのお祭りに松岡君を誘ってみようと思うの……」


 クーラーの効いた喫茶店の中、カランコロンと氷の融ける音をBGMに美咲ちゃんは頬を桜色に染めて呟いた。

 私は喉まで出かかっていた言葉を飲みこんで、美咲ちゃんを見つめる。

 悩ましげに揺れる睫毛は長く、その睫毛に縁取られた漆黒の瞳があまりに綺麗で、女の子の私でもほれぼれとしてしまう。


「それって、告白するってこと?」


 思わず、考えていたことを口にしてしまい、あっと口元を手で覆ったんだけど、すでに遅くて。

 美咲ちゃんはちょっと驚いたように目を見開いて、それからくすりと笑う。


「芹香ちゃんのそういう素直なとこ好きよ」


 そう言って笑った美咲ちゃんは、どこか儚げで、ドキンッとする。

 私はもう言ってしまったのだから仕方ないよねと思うしかない。


「うん、気持ちを伝えようと思うんだけど、どう思う?」

「いいと思うよ! 絶対、松も美咲ちゃんのこと好きだもん!」

「そんなことはないと思うけど……」


 頬を染めて謙遜する美咲ちゃんに、心の中で勢いよく言う。

 いやいや、そんなことあるんだって! 美咲ちゃんと松は両思いなんだからぁ~。あー、言いたいなぁー!

 自分だけが松と美咲ちゃんが両思いだって知っている優越感と、二人がお互いの気持ちが分からないといって悩んでいるのがもどかしくて、言いたくて仕方なかったけど、ここはぐっと堪えることにしたの。

 だって、やっぱり、他人づてで聞くよりも、本人たちが直接言うのが大事だと思うの!

 だから、我慢する。

 わりと考えていることをすぐに口にしてしまう私にしては、今回はよく我慢しているほうだと自分で褒めたいくらいだよ。


「大丈夫、絶対上手くいくよ! 良い報告を待っているよ~」


 にこっと笑いかけると、美咲ちゃんも笑い返してくれた。



 駅で美咲ちゃんと別れて帰りの電車の中、鞄から手帳を取り出して八月のページを開く。そこにはオレンジのペンでお祭りと書きこまれ、丸がつけられている。

 実は……去年、八月のお祭りは松に誘われて行ったんだよね。その時、また来年も一緒に行こうって松が言ってくれて、私もそのつもりだった。

 苦手な人混みも松と一緒ならぜんぜん平気だったし、やっぱりお祭りは楽しかったから。それに、久しぶりに間近で見た花火が綺麗だったから、密かに楽しみにしてたんだよね。

 今年になってから松とはぜんぜんお祭りの話はしてなかったけど、普段遊ぶ約束も前の日とか直前に約束することが多かったから、直前になったらメールするつもりだった。夏期講習もその日は夕方空けてあるし。

 でも……松に彼女が出来たら、もう一緒にお祭りに行くことはなくなるのかぁ……

 だって、お祭りってやっぱ彼カノの行事ってカンジだもんね。それに、彼女ができたらこれからは本当に松と出かけることもなくなるのか……

 例えば美咲ちゃんじゃなくても、松に彼女が出来たら一緒に帰るのも私じゃなくて彼女の役目になるんだ。いままでみたいに、友達として側にいることも減っていくんだな。

 そう考えて、胸がじくじくと痛み始める。

 やだ、なんで泣きそうになるの――っ!?

 松と離れるのなんて平気じゃない。実際、ここ二ヵ月くらいは、一緒に帰ることも滅多になかったし、遊びに行ったりもしなかったじゃない。だから、平気、これからもそれが続くだけ。

 そう思うのに、胸が苦しくて、切なくなる。

 なんだろう……この気持ちは――?

 今まで、美咲ちゃんのために松と距離を置いてきた。それは自分で決めたことで、松との友情がなくなるわけじゃない。でも、だけど――

 松に彼女が出来たら、本当に今までどおりでいられるのだろうか――

 胸にもやもやとする気持ちを抱えて、私は電車を降りた。



  ※



『今年も祭り、一緒に行こう』


 二日後、松から来たメールに私は心臓が止まりそうになった。

 なっ、なんですか、このメールは――!?

 だって、松は美咲ちゃんにお祭りに誘われているはずで、どうして私に……

 そこまで考えて、私は松に返信する前に美咲ちゃんにあわててメールを送る。

 内容は、松をもうお祭りに誘ったかどうか。すると、まだ誘っていないと返事が来て、なんだぁ~って安堵する。

 って、安堵ってなんなのよっ!

 あっ、そうだよ、松が美咲ちゃんから誘われたのに友情をとって誘いを断ったりしてなかったことに安堵したのよ!

 自分で自分に突っ込んで、もやもやする気持ちを頭から振り払ってメールをする。

 今後の関係に波をたてないように誘いを断る方法を考えて、私は震える手でメールを打つ。

 たった一行のメールなの、なんでこんなにドキドキするのだろうか。


『ごめん。お祭りのことすっかり忘れてて、夏期講習入れちゃった……』


 メールを送信すると同時に、美咲ちゃんにも、松が他の人と約束する前に誘った方がいいよってメールする。

 きっとこれで大丈夫なはず。そう思って閉じた携帯を学習机の上に置いて、部屋を出ようとしたら、メールの着信音が鳴ってビックリする。

 わっ、誰だろう……

 このタイミングなら、松か美咲ちゃんだろうけど、私には誰からのメールか分かっていた。恐る恐る携帯に手を伸ばして受信ホルダーを開くと……


『芹らしくないな……。まあ、講習じゃ仕方ないよな。じゃあ、講習の後でもいいから会えない?』


 ズキン、ズキン――って小さな痛みがだんだんと広がっていく。

 どうして松がこんなメールを私に送るのか分からなくて、泣きそうになる。


『ごめん、次の日も朝早くから講習があるから』


 本当は次の日は講習はないけど、松とその日会うことは出来ないから。

 だって、美咲ちゃんはこの日松に告白するって決意したんだよ。私は、友達である美咲ちゃんの恋を応援するって決めたの。松にも、早く美咲ちゃんの気持ちを知ってもらって、両思いなんだって安心してほしい。あんな不安そうな顔……もうしてほしくないんだよ。

 だから、断るしか、私の中に選択肢は残っていない。それなのに、どうしてだろう――

 胸が苦しくて、切なくて、鈍い痛みがじわじわと広がっていく。

 松と美咲ちゃんが付き合うことになるのは嬉しいはずなのに、松に美咲ちゃんとお祭りに行って欲しくないと思うのはなんでだろう――

 私は自分の気持ちが分からなくなって、胸の痛みが苦しくて、その場にうずくまって、声を殺して泣いてしまった。

 こんなふうに泣くのは、去年の四月以来かもしれない……




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