第10話 好きだよ、頑張りな
映画を観終わって、遅めの昼食を食べるためにパスタ屋さんに入った私と松は向かいあった席に座り、注文が来るのを待っていた。
美咲ちゃんと松は両思いなんだって伝えようと思っていたけど、いざ伝えるとなると、なんと切り出したらいいか迷ってしまう。
美咲ちゃんも好きだと伝えるか、それとなく伝えるか、迷っていた私は、松の言葉にふっと顔を上げる。
「芹とこんなふうに出かけるのすげー久しぶりだな」
テーブルに肘をつき、その上に顎を乗せて私を斜めに見る松は、なんだか感慨深げで艶っぽくて、心に沁み入ってくる。
「そ、う、だったっけ……?」
「そうだよ、ゴールデンGP以来じゃないか?」
その言葉に、ドキッとする。
だって、ゴールデンGPに松と二人で言ったのが噂になって、下級生には呼び出されるわ、美咲ちゃんには松が好きって告白されるわ……いろいろあったんだもの。
松は、私と噂になったこと知らないのかな?
「ほら、私は委員会が忙しかったり、松は大会とかもあって部活量増えたじゃない。それでたまたまよ」
「たまたま、ねぇ。一緒に帰ろうって言っても、そうやってなんだかんだって理由つけて俺のこと避けてるよな。俺、芹に何かした?」
「松は何もしてないよ……」
捨てられた子犬みたいに寂しそうな瞳で私を見るから、慌てて否定する。
私はただ、美咲ちゃんに協力するためになるべく松とは一緒にいないようにしただけなんだよ。それが、松にはそんな風に映ってたとは知らなくて、松を傷つけていた事を知って胸が苦しくなる。
でも、これは松のためなんだもの。仕方ないでしょ。
「芹さ……、もしかして、好きなやつできた?」
思いもかけない松の質問に、私は大きく目を見開く。
「えっ、そんなのいないけど?」
キョトンと聞き返すと、松は決まり悪そうにそっぽを向いて腕で顔を隠すようにする。
私は松がどうしてそんな顔をするのか分からなかったけど、これはチャンスだと思う。それとなく私の話から松の話にそらす。
「あっ、松こそどうなの。ほら、好きな人がいるって言ってたでしょ、私が知ってる人で、今度教えてくれるって約束だったじゃない?」
って、まあ、相手は美咲ちゃんだって菱谷君情報でもう知ってるんだけどさ。
ここは、さりげなく美咲ちゃんが松を好きな事を匂わせて、松に告白するよう勧める作戦に決定!
「それは、せっ――」
「それってさ、うちのクラスの子でしょ?」
松の声に私の声が被さる。
「ああ……」
ぽつっと掠れた声で松が頷いた。それは照れてるからだと思って、私はつい頬が緩んでしまう。
「どんなとこが好きなの?」
「……意志が強くて優しいとこ」
意志が強いっていうのは私の中の美咲ちゃん像とはちょっと違うけど、優しいっていうのは分かる!
うんうん、美咲ちゃん良い子だよね~。
「でも、俺、自信ない……その子の眼中にも入ってないって感じで……」
テーブルに顔を伏せて上目使いで見上げてくる松は頼りなさそうに掠れた声で言う。その瞳の中には一筋の憂いを帯びていて、ドキッとする。
そんな不安そうな顔しなくても、大丈夫だよ――そう思って安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。松って、ほんとに女子にはモテるんだから。私なんかさ、下級生の女子に呼び出されて『松岡先輩とどういう関係なんですか!?』なんて問い詰められちゃうくらい。あっ、もちろん、ちゃんと友達で恋愛関係じゃないって言っておいたから安心してね。えーっと、つまり何を言いたいかというとね――その子も松のこと好きだよ。だから、頑張りな」
松が何か言おうと口を開きかけた時。
「お待たせしました~」
店員さんの声にぱっと松は私から視線をそらしてしまう。
私はテーブルに並べられたパスタに視線を向けて、「美味しそうだね」って言ったんだけど、返事はなくて、それからほとんど無言のまま昼食を食べて、ワールドポーターズのお店をぶらぶらと歩いて、電車へと乗り込んだ。
帰りの電車の中で。
「俺が好きなやつのことって……」
そう聞くから、私はああって頷いて試験最終日の菱谷君との会話を話した。すると。
「そっか……」
それだけ言って、松はまた黙りこんでしまった。
私は松の様子がおかしいのは、美咲ちゃんと両思いと知って緊張しているのだと思っていた。
※
それからあっという間に二週間が経ち、夏休みになってしまった。
松は一緒に出かけた日以来、うちのクラスに来ることはなかったけど、時々、渡り廊下で美咲ちゃんと一緒にいるのを見かけた。
普段は塾には行っていないんだけど、夏休みは大学受験のために塾の夏期講習に行くことを決めていた。長い休みを一人で勉強しているよりも効率がいいかなと思って。
学校の宿題をやって、夏期講習に行って、家の手伝いをして――七月最後の週、美咲ちゃんと遊ぶ約束をしていて、横浜に出かけた。