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オーサムコーラル国物語4

作者: しろう

 僕が言うのもなんだけどさ、竜って本当に変人が多いよね。



 世界でもっとも栄えるクルト王国より南に、暑い暑い死の砂漠を抜け、さらに、天にもとどろくけわしい山々をこえた先には、深い森がある。

 その方角すらも狂わせる迷いの森のどこかに、竜や精霊、獣人、人間など様々な人達が仲良く暮らす、オーサムコーラルという国があります。

 この物語は、そんなオーサムコーラルの迷いの森に暮らす双子の魔法使い、アーネリーフとローズリーフのお話です。


《オーサムコーラル国物語》

第四部・飛ぶ



 迷いの森の魔法使いである、ローズリーフは、自他共に認める、美少年である。

 もちろん、双子の姉である、アーネリーフも、整った顔立ちをしているが、問題は、本人が、それを自覚しているかどうかだ。

 飾りっけがなく、気さくなアーネリーフに対し、ローズリーフは、自分が、綺麗な顔をしていると理解していたし、また、それを、誇っていた。

 だから、村に立ち寄れば、普段見せない笑顔を浮かべ、愛想をふりまいた。

 そうすれば、村人──特に、女性──から、食べ物が貰えると、知っているのだ。

 それが、不自由な迷いの森に姉と二人で暮らす、ローズリーフのささいな知恵だった。

 人に親切──ローズリーフ的には、下心のある愛想──をすれば、お返しがあると、ローズリーフは、小さな頃から知っていたし、それを、恥ずことなく利用するのが、彼の心情だった。

 相手もいい思いがして、自分も見返りかまあって嬉しい、と言う、まさに一石二鳥だったのだ。 だから、今日も今日とて、ローズリーフは、困った者を見捨てない、優しい少年を──逆に言えば、見返りがなければ、不親切──演じていた。

「めずらしいな。

こんな所でどうしたの?」

 クスラおばさんの家にお使いに行った帰り道、木に寄りかかるように、道端に座り込む少女に、ローズリーフは、声をかけた。

 ふんわりとした短い銀髪から覗く、自分とは違った耳の形を見て、ローズリーフは、興味深そうに、少女を伺う。

 獣人の毛が生えたふさふさのそれと違い、少女の耳は、魚のおびれのように、長い。

 そんな形の耳をしている種族は、ただ一つ。

 偉大なる竜の側に住まう、精霊だけだった。

「君は、風の精霊だよね?

ここから、風竜の住処は随分離れているけど、わざわざ何のようかな」

 少女の髪の色から、風の精霊と検討をつけたローズリーフは、優しく話しかける。

 地竜が黒髪、水竜が碧髪と言うように、竜や精霊は、各属性ごとに、色が、はっきりと別れている。

 また、それは、住処もおなじで、ローズリーフやアーネリーフが住まう場所は、地竜が住まう、北の森にあり、風竜が住まうのは、西の谷だと決まっていた。

 そうでなくとも、ローズリーフ宅は、オーサムコーラル国の端っこにあり、西の谷から来るとなると、徒歩でなど到底無理な話だ。

 もちろん、空を駆る風の精霊の彼女が、徒歩で来る訳がないが、それでも、かなりの時間を要したであろうことは、ローズリーフには、分かっていた。

「大丈夫……?」

 返答が全くないせいか、さすがのローズリーフも不安になったのだろう。

 少女の頭のあたりに手をかざし、目を閉じて集中した。

 すると、ローズリーフの手のひらに、ぽうっと銀色の光が現れ、ゆっくりと少女に吸い込まれていった。

「ふぅ……」

 ローズリーフの出した銀色の光───少女の源である風の力が、注ぎ込まれたのを確認すると、ローズリーフは、やれやれ、と息をついた。

 つたない技だが、これで少しは、少女も楽になり、自分の質問に答えてくれるだろう、と安堵したからだ。

「気分はどう?

少しはよくなった?」

 努めて優しく話しかけるローズリーフに、少女は、頭を軽くおさえながら、のろのろと振り向く。

 その様子を見て、ローズリーフは、少女が、あまりの疲労から気を失っていたのだろうと、検討づけた。

「僕は、迷いの森の魔法使い、ローズリーフ。

僕でよかったら、このあたりを案内するよ」

 ローズリーフは、そう風の精霊に申し出た。

 姉のアーネリーフから、早く帰るようにと言われてたことをすっかりと忘れ去っているあたり、ローズリーフの外面のよさは、天下一品だ。

「迷いの森のローズリーフ……?

 少女は、ん?と考え込んだ。

 どこかで聞いたことがあるとばかりに、何度も繰り返し口の中でつぶやく。

「あ!」

 ふ、と顔をあげると、ローズリーフの真っ赤な瞳が目に入り、少女は、ぱんっと手を鳴らした。「うち、ついとるわ〜!

探し物がむこうからやってきよった!

しかも……」

 少女は、一度言葉を区切り、じいっとローズリーフの顔を見つめた。

「むっちゃ、かっこいいやん!

しかも、魔力分けるなんて、えらいしんどいのに、優しいわ!」

 少女自身は、心の中で叫んでいるつもりなのだろうが、完全に口からでているため、ローズリーフは、厄介なモノを拾った、と冷や汗をかいた。

 ローズリーフは、少女のように一気にまくし立てられて、自分のペースに持っていけない相手は苦手なのだ。

 北の魔法使い・ルーデンベルクの弟子である、マナローズも積極的なタイプで、ローズリーフは、少し苦手に思っていたが、あっちの方が、まだ、扱いやすかった。

 優しくエスコートして微笑めば、真っ赤になって、固まってしまうマナローズが、ローズリーフは、可愛げがあるように思えた。 少女にそれをすれば、間違いなく、騒ぎ立て、引っ張り回されるであろうことが、容易に想像できたからだ。

「命の恩人や!

うちの名前は、シャークナールや。

親しく、シャナって呼んでな!」

 頬を赤く染め、潤んだ目で見つめられ、さらに手まで握られたローズリーフは、ひくりと笑みを浮かべた。

「あんたのこと、ローリィって呼んでええかな」

 あまりの迫力に嫌とは言えず、普段なら、好き嫌いの激しいローズリーフも、うなずかざるをえなかった。

「あ、ああ……。

そうして……」

 名前を短く縮めた(あざな)は、友人や家族など、親しい間柄でしか呼ばないものだ。

 だから、字は、自分から申し出ない限り、呼び合わない。 シャークナールのように、突然申し出る場合は、愛の告白、と言う意味合いが強くなる。

 申し出を了承したからと言って、すぐに恋人同士になるというわけではないが、たった今あったばかりの少女───しかも、精霊に求められて、ローズリーフは、複雑な心境になった。

 いくら姿形が似ていて、寿命がそう変わらずとも、ローズリーフにとって、異種族である、と言う隔たりは、くつがえさざる問題だった。 友人同士ならいいのだが、夫婦と言う交わりあう者同士の場合は、どうしても駄目だった。

 本人達はいい。

 だが、間にいる子どもはどうなるのだろう。

 偉大なる血を受け継ぐからと、まわりから、一線を引かれてしまうだろう。

 あるいは、心無い学者たちに、研究対象として見られるかもしれない。

 多くの種族が、隔たりなく暮らす、このオーサムコーラルにおいても、ローズリーフの心には、それが、ずっしりとのしかかっていた。

「ローリィ!

手をかしてや!

二人で力を合わせれば、ローリィの家までひとっ飛びや!

さ、早よう早よう!風の貴婦人が待っておられるんや!」

 ローズリーフの思いを知らないシャークナールは、ぐいぐいと手を引く。

「風の貴婦人?」

「そや。

うちも遊びに来とるわけやないんや。

偉大なる風の貴婦人のお使いやで!」

 誇らしげに告げるシャークナールに、ローズリーフは、考え込んだ。

「偉大なるって……もしかして、貴婦人と言うのは────」

 言いかけたローズリーフに、ふふ、と意味ありげに微笑み、シャークナールは、言った。

「さぁ、行くで!

しっかり集中してや!

自慢やないけど、うちら風の精霊は、いい加減やさかい、よう迷子になるんや!」

 ウインクして、おどけてみせるシャークナールに、ローズリーフは、毒気を抜かれて、くっと笑った。

「任せといてよ。

僕は、几帳面なんだ」


 

「ねぇ、フィン。

ローリィってば、どこで道草くってるのかしら?」

「……そのうち……戻る」

 アーネリーフの問いに、地竜・オロフィンは、短く答える。

 相変わらずの友人に、アーネリーフは、思わずため息をついた。

「フィン……そうじゃなくてね」

「心配ないよ、アーリィ。

どうせ、村で女の子に捕まってるんだよ。

ローリィは、こと女性に関しては、恐ろしいほどの豆さを誇るからね」

 笑いながら言う、水竜・ミアトルに、アーネリーフは、ぷう、と頬を膨らませて返した。

「だから、心配なの!」

 アーネリーフが、そう反論した瞬間、三人の間に、びゅうっと風が駆け抜けた。

「きゃっ」

 突然の強風にアーネリーフが、悲鳴をあげると、側にいたオロフィンは、すかさず肩を支えた。

「って、コラ!

オロフィン!」

 アーネリーフから微妙に離れた位置にいたミアトルは、思わず叫ぶ。

 いつもなら逆の距離間に、ミアトルは、知らず知らずの内に、親友であるオロフィンをじとっと睨んだ。


「大丈夫か……?

アーネリーフ」

「ええ。

ありがとう、フィン。

……もの凄い風ね。突然、何かしら」

 にこり、と微笑んでお礼をしたアーネリーフに、オロフィンは、ぽつりとつぶやいた。

「風……」

「え?」

 オロフィンは、風の中心をじっと見つめて、それ以上語ろうとしない。

 困惑するアーネリーフに、ミアトルが、すかさず口を開いた。

「風の精霊の移動魔法だよ。

アーネリーフ。

……しかし、こんな突風を起こすなんて、まだ術になれていない子どもみたいだね」

 そうなの、とアーネリーフが相づちをうっていると、風は、徐々におさまっていった。

 それと同時に、風の中心にぼんやりと人影が2つ浮かび上がってきた。

「到着や〜!!」

「───げほっ!

うっ、すごいほこり!」

 突然、聞こえてきた、馴染みある声に、アーネリーフは、素早く反応する。

「まさか……、ローリィ!?」


 舞い上がった砂ぼこりが、やっとおさまった頃、風と共に現れた人影の一つ、ローズリーフは、ごほっとせき込みながら口を開いた。

「アーリィ……。

お客を連れてこらされたよ」

「え?」

 ローズリーフの言い様に、アーネリーフは、首をかしげる。

 すると、ローズリーフの後ろから、勢いよく銀髪の少女が飛び出してきた。

「こんにちは〜!

うち、風の精霊のシャークナール言うんや。

突然で悪いんやけど、ある人に会ってほしいねん」

 まくしたてられる不思議な言葉使いに、アーネリーフは、呆気にとられてうなづくばかりだ。

 一方、銀髪の少女、こと、シャークナールは、そんなアーネリーフの様子を気にする素振りも見せず、さらに、続けた。「ほな、いくで」

 シャークナールは、懐から小さな緑色の石を取り出すと、ぽいっと地面に転がした。

「ちょっ、ちょっと待った!

ま、まさか、君の言うあって欲しい人と言うのは……!」

 緑色の石を見るなり、血相を変えて、ミアトルは、言った。

「待ったは聞かれへんのや、水の方。

うちも使いで来とるさかい、役目はたさんと貴婦人を困らせてまうもん。

気持ちは分かるけど、ここは、広い心であきらめてや」

 そんな!、と情けない顔をするミアトルに、アーネリーフは、わけがわからないとばかりに、眉をひそめた。

 だが、ローズリーフの方は、何となくその理由が分かったらしく、やれやれとため息をつく。

「ミアトル。

ラフィーユが……来た」

 淡々と喋るオロフィンに、ミアトルは、泣きそうな顔で叫んだ。

「分かってる!」

 ひゅう、とあたりに柔らかな風が吹く。

 すると、緑色の石から、すうっと魔法陣が広がり、そこから光の粒子がわきあがった。

「ああ……。

もう駄目だ……」

 ミアトルは、青い顔で、がっくりとうなだれる。

 魔法陣は、相変わらず、光を放っており、それは、ゆっくりと一つの影を作り出した。

「───ご苦労じゃったの、シャークナールや」

 と、凛とした女性の声が、そこから聞こえた。

「褒めてつかわすぞえ」

 時代錯誤な言葉遣いに、双子の姉弟は、黙して顔を見合わせる。

 魔法陣の中心に、銀の髪と黄緑色の瞳をした、美しい女性が現れた時、アーネリーフは、やっとその正体に気がついた。「そなたらが迷いの森の魔法使いかや?

わらわの名は、ラフィーユ。

西の谷に住まう、風竜の一人じゃ」

 美しくも鋭い目に見つめられ、アーネリーフとローズリーフは、思わず、ぴしりと背筋を伸ばした。

「……その様に緊張せずともよいぞえ。わらわは、ただ、あのオロフィンが懐いた子らにほんの少し、興味があった故にな」

「はあ……」

 ただただ驚いて、アーネリーフは、それだけしか言うことが出来なかった。

 それは、ローズリーフも同じだったらしく、今までにないくらい威厳と気品にあふれた竜に、たじろいでいた。

「ラ、ラフィーユ……。

また、急だったね……」 ミアトルが、冷や汗を流しながら言うと、ラフィーユは、ふん、と鼻で笑った。

「おったのか、ミアトル。

相変わらず、情けない顔じゃの」

 ひどい言われように、ミアトルは、うっと胃のあたりをおさえるが、反論をしようとはしなかった。

 おっとりして、気の弱い水竜は、我の強い風竜がどうしても苦手だった。

 長い付き合いでミアトルは、ラフィーユに何か言うと、数倍になって返ってくる事を、身を持って知っているのだ。

「第一、急なのは、わらわの方ではないわ。

あの火の小坊主に先を越されたのは口惜しいが、わらわは、前触れもなく姿を現すなどと、無粋な真似などせぬ」

 どうやら、ラフィーユは、火竜のアリューファが、先に双子に会ったのが気に食わないらしかった。

 だから、こんな派手な演出をしたのだろう。

「……まあよい。わらわが、わざわざ北の森に来たのも無駄ではなかったようじゃな」

 ラフィーユは、そう言って、ちらりと意味ありげにオロフィンを見た。

「………」

 何も答えず、ふいっと顔をそらすオロフィンに、アーネリーフは、不思議そうに見上げた。

「フィン?

どうしたの?」

「………別に、何も……ない」

 ぼそりとオロフィンは、つぶやく。

 目も合わそうとしないオロフィンに、アーネリーフは、訳が分からず首をひねった。

「ほ、ほ、ほ。

これは、よきものが見れたわ。

あの、地竜オロフィンがの」

「………」

 ついには、きびすを返して歩き出したオロフィンに、アーネリーフは、ますます訳が分からず首をかしげるだかりだった。

「ほっときなよ。アーリィ。

竜にも色々事情があるんだよ」

 後を追おうとするアーネリーフに、ローズリーフは、言った。

「こちらの子は、なんぞ知っておるようじゃの」

「別に……。

ただ、あいつがあんな露骨な態度を取るのが珍しかったからだよ」

 バツの悪そうな顔をして、ローズリーフは、言った。

「そう言うことにしておこうかの」

 ほほ、とラフィーユは、笑った。

 何の話をしているのか分からないアーネリーフは、重い空気に、聞くにも聞けずにいると、今まで、黙ってきたシャークナールが、ローズリーフの服のすそを引っ張った。

「な、なあ、ローリィ。……うち、また遊びに来てええかな」

 突然の申し出に、ローズリーフは、きょとんとする。

「西の谷には、うちと同じくらいの歳の子っていてへんねん。

歳の近い友達は、ローリィが初めてやねん」

 もじもじと言うシャークナールに、ローズリーフは、ふうと息をはく。

「……今回みたいな大騒ぎが起きなかったらね」

「ほんまに!?

約束やで!絶対やで!」

 嬉しそうに騒ぐシャークナールに、ローズリーフは、やれやれとため息をつく。

 当分、迷いの森は、騒がしくなりそうだ、と。



「今日は、楽しかったね」

 シチューをよそおいながら言うアーネリーフに、ローズリーフは、呆れた声をあげた。

「どこがだよ。

竜なんて、騒ぎの種だよ。

毎回巻き込まれて、疲れるったら」

 はぁっとローズリーフは、テーブルにひざをついた。

「あら。

でも、今日はいいことあったでしょう?よかったわね。

友達ができて」

「……そんなんじゃないよ」

 ローズリーフは、シチューをひとすくい食べてから、続けた。

「───ただ、空を飛ぶなんて、めったに出来ない体験をしたからだよ」

「そう?」

 にこにこ笑う、アーネリーフの顔から目をそらしながら、ローズリーフは、そっけなく答えた。

「そうだよ」

 あったかいシチューは、迷いの森の双子の小さな家に、ほんわりと湯気をただよわせた。

 賑やかな一日が始まる前の、静かな一時だった。


《おしまい》

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