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勇者は転生を繰り返し、魔法使いは一度きりを生きる  作者: 秋月 もみじ


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9/10

第9話 家族への告白


ヴィア家の館には、結局五日間滞在した。


最初の二日は勇者記を読み、残りの三日は基礎的な訓練をした。訓練といっても、魔力の流れを感じる瞑想とか、意識的に力を抑える練習とか、地味なものばかりだ。派手な光魔法を自在に操れるようになるには、まだまだ時間がかかるらしい。


でも、少しだけ分かってきたことがある。


私の中には確かに何かがある。光と呼ぶべきか、魔力と呼ぶべきか分からないけど、胸の奥で微かに脈打っている何か。それを意識すると、右目の奥が温かくなる。暴発した夜ほど激しくはないけど、確かにそこにある。


「完全な制御には時間がかかります。でも、今のあなたなら、不意の暴発は防げるはずです」


帰路につく朝、カイルがそう言った。


「本当ですか」


「油断は禁物ですが。強い感情の昂りがあれば、また漏れ出す可能性はある」


「強い感情……」


「怒り、恐怖、悲しみ。そういうものです」


つまり、感情的になるなということだ。私に一番難しい注文かもしれない。


---


村に戻ったのは、出発から八日後の夕方だった。


見慣れた風景が目に入った瞬間、胸が締めつけられた。畑、家々、井戸、広場。何も変わっていない。でも、私は変わってしまった。


「リーネ」


村の入り口で、トーマが待っていた。


「兄さん」


「遅かったな。心配したぞ」


「ごめん。色々あって」


トーマは私の顔をじっと見た。それから、隣に立つカイルに視線を移した。


「話は聞かせてもらえるんだろうな」


「うん。今夜、みんなに話す」


トーマは頷いた。カイルには何も言わなかったけど、敵意はないようだった。少なくとも、殴りかかったりはしなかった。それだけで十分だ。


---


夕食の席は、いつもと変わらない顔ぶれだった。


父さん、母さん、トーマ、ベルト、ミラ、ルッツ。六人の家族が、食卓を囲んでいる。私の帰りを待っていてくれたのか、いつもより品数が多い。


「リーネ、痩せたんじゃないか」


母さんが心配そうに言った。


「大丈夫。ちゃんと食べてたよ」


「本当に? 顔色も——」


「母さん、まず食べさせてやれよ」


ベルトが口を挟んだ。珍しく気の利いたことを言う。


食事が始まった。私は普通に振る舞おうとしたけど、箸がなかなか進まなかった。どう切り出せばいいか、ずっと考えていた。


「リーネ姉ちゃん」


ルッツが声をかけてきた。


「ん?」


「お土産は?」


「え」


「旅行行ったんでしょ。お土産ないの」


この状況でそれを聞くか。でも、ルッツは何も知らないのだ。普通に、姉が旅行に行って帰ってきたと思っている。


「……ごめん、忘れてた」


「えー」


「今度埋め合わせするから」


「約束だよ」


「うん、約束」


ルッツはそれで満足したらしく、また食事に戻った。無邪気だ。その無邪気さが、今は少し眩しい。


---


食事が終わって、片付けも終わって、家族が居間に集まった。


「話がある、って言ってたな」


父さんが切り出した。


「うん」


私は深呼吸した。心臓がうるさい。手のひらが汗ばんでいる。


「笑わないで聞いてほしい。信じられないかもしれないけど、全部本当のことだから」


「ああ」


「私——」


言葉が詰まった。どう言えばいいんだろう。練習してきたはずなのに、いざとなると出てこない。


「私、勇者らしいんだ」


沈黙が落ちた。


誰も何も言わない。父さんは眉をひそめている。母さんは困惑した顔。ベルトは口をぽかんと開けている。ミラは目を丸くしている。ルッツは首を傾げている。トーマだけが、黙って私を見ていた。


「……勇者って、あの勇者か」


父さんが聞いた。


「うん。伝説の。災厄と戦う」


「どういうことだ」


「長くなるんだけど——」


---


私は全部話した。


カイルとの出会い。真名を読み取られたこと。三十二代目の勇者であること。前世が三十一人いること。ヴィア家の館で勇者記を読んだこと。そして、光魔法が暴発したこと。


話している間、家族は黙って聞いていた。時々質問が飛んできたけど、遮られることはなかった。


話し終えた時、また沈黙が落ちた。


「……信じられん」


父さんがぽつりと言った。


「だよね」


「だが、お前が嘘を言っているようには見えん」


「嘘じゃない。証拠も——」


私は右手を持ち上げた。意識を集中する。胸の奥にある光を、ほんの少しだけ引き出す。訓練の成果だ。


手のひらに、淡い金色の光が灯った。蛍の光くらいの、小さな光。


「——っ」


母さんが息を呑んだ。ミラが小さく悲鳴を上げた。ルッツは目を輝かせている。


「すげえ、姉ちゃん光ってる」


「ルッツ、静かに」


トーマが制した。私は光を消して、手を下ろした。


---


「これからどうするつもりだ」


父さんが聞いた。


「訓練する。力を制御できるようにならないと、周りを巻き込むかもしれないから」


「それは、ここでできるのか」


「……分からない。カイルさんと相談しないと」


「あの黒い服の男か」


「うん。ヴィア家の人。代々勇者に仕えてきた一族の」


父さんは長いこと黙っていた。何を考えているのか、表情からは読み取れない。


「お前は、どうしたいんだ」


「え?」


「勇者になりたいのか。戦いたいのか」


その問いに、私は正直に答えた。


「分からない。なりたくないって思ってた。今も思ってる。でも、もうなっちゃってるんだよね。生まれた時から勇者だったって言われて、選ぶ余地なんてなかったって」


「なら、これからどう生きたい」


「できれば、普通に暮らしたい。アシェルさんっていう昔の勇者は、災厄と戦わないで一生を終えたんだって。私もそうなれたらいいなって——でも」


言葉が詰まった。


「でも、災厄が来たら、私しか戦えないんだよね。たぶん」


---


沈黙の中、ルッツが立ち上がった。


「ルッツ?」


私が名前を呼ぶ前に、ルッツが駆け寄ってきた。そして、私の腰に抱きついた。


「お姉ちゃん、死なないで」


小さな声だった。震えている。


「ルッツ……」


「勇者って、災厄と戦うんでしょ。戦ったら死んじゃうかもしれないんでしょ。やだ。お姉ちゃん死んだらやだ」


八歳の弟が、泣いていた。


私は膝をついて、ルッツを抱きしめた。小さな体。温かい体。この子を守りたい。この家族を守りたい。それだけは、はっきりと分かった。


「死なないよ」


「嘘」


「嘘じゃない。絶対帰ってくる。約束する」


「……本当に?」


「本当に」


ルッツが顔を上げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。私はエプロンの端で、その顔を拭いてやった。


「お姉ちゃんは強いから、大丈夫。それに、まだ災厄が来るって決まったわけじゃないし」


「来なかったら、ずっとここにいる?」


「いられるかは分からないけど、絶対帰ってくる。何があっても」


---


「リーネ」


トーマが口を開いた。


「兄さん」


「前に言っただろ。お前が何者でも、お前はお前だって」


「……うん」


「勇者だろうが何だろうが関係ない。お前は俺の妹だ。それは変わらん」


不器用な言い方だ。でも、それがトーマらしくて、泣きそうになった。


「ありがとう、兄さん」


「礼なんかいらん。当たり前のことを言っただけだ」


父さんが立ち上がった。私の前に来て、肩に手を置いた。


「行ってこい、リーネ」


「父さん……」


「お前がやらなきゃいけないことがあるなら、やってこい。ただし——」


父さんの目が、まっすぐに私を見た。


「必ず帰ってこい。ここがお前の家だ。それだけは忘れるな」


涙が溢れた。止められなかった。私は父さんに抱きついて、子供みたいに泣いた。

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