表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は転生を繰り返し、魔法使いは一度きりを生きる  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

第6話 ヴィア家の館


出発の朝は、よく晴れていた。


村の入り口で、カイルが馬を二頭連れて待っていた。いつの間に用意したんだろう。聞いたら「昨日、近くの町で借りてきました」と言われた。手際がいい。


「乗れますか」


「一応。上手くはないけど」


農家の娘でも、馬に乗る機会くらいはある。荷物を運ぶ時とか、隣村に行く時とか。ただ、三日間も乗り続けたことはない。


「無理はしないでください。休憩は多めに取ります」


「ありがとうございます」


私は馬に跨って、振り返った。村の風景。見慣れた畑、見慣れた家々、見慣れた空。三日で戻ってくるとはいえ、なんだか感慨深い。


「行きましょうか」


カイルの声で、私は前を向いた。馬が歩き出す。村が少しずつ遠ざかっていく。


---


初日の道中は、ほとんど会話がなかった。


カイルは必要最低限のことしか喋らない。「この先で休憩します」「水を飲んでください」「日が暮れる前に宿場町に着きます」。事務連絡みたいだ。


私も私で、話しかける気力がなかった。馬に乗っているだけで体力を消耗する。お尻は痛いし、太ももは張るし、想像以上にきつい。


夕方、小さな宿場町に着いた。宿を取って、夕食を済ませて、すぐに寝た。


二日目の朝、体中が痛かった。


「大丈夫ですか」


「大丈夫じゃないけど、大丈夫です」


「意味が分かりません」


「気合いで何とかするってことです」


カイルは少し困った顔をした。この人、冗談というか、勢いで喋る言葉に弱い気がする。


---


二日目の昼、街道沿いの木陰で休憩を取った時、私は思い切って聞いてみた。


「カイルさんって、普段は何してるんですか」


「普段?」


「勇者を探してない時。趣味とか、好きなこととか」


カイルは少し考え込んだ。


「……勇者に関する研究を」


「それ趣味じゃなくて仕事では」


「仕事というか、生活そのものというか」


「じゃあ、それ以外は?」


「それ以外……」


カイルが黙った。長い沈黙。まさか、本当に何もないのか。


「……読書は、します」


「おお、やっと出た。どんな本を?」


「歴代勇者の記録や、災厄に関する文献を」


「それ結局勇者関連じゃないですか」


「……そうですね」


カイルが微妙に気まずそうな顔をした。この人、本当に勇者のこと以外何もないのか。ちょっと心配になってきた。


---


「あの、失礼なこと聞いていいですか」


「どうぞ」


「友達とか、いるんですか」


カイルが固まった。あ、これ地雷だったかもしれない。


「……友人と呼べる存在は、特には」


「特には」


「ヴィア家は代々、勇者に仕えることを第一としてきました。俺も幼い頃からそう教育されてきたので、同世代との交流は少なかったんです」


「幼い頃から……」


「五歳で継承の儀を受けて、それからはずっと修行でした」


五歳。私がその頃何をしていたか思い出してみる。たぶん、泥だんご作りに夢中だった。ルッツはまだ生まれていなくて、ミラと一緒に遊んでいた記憶がある。


「寂しく、なかったですか」


「考えたことがありませんでした」


その答えが、なんだか胸に刺さった。考えたことがない。寂しいかどうかも分からないまま、ずっと一人で修行してきた。


「……今度、何か勇者と関係ない本を読んでみたらどうですか」


「関係ない本」


「物語とか。冒険譚とか、恋愛ものとか」


「恋愛もの……」


カイルの表情が微妙に歪んだ。想像もつかないという顔だ。


「まあ、無理にとは言いませんけど」


「……善処します」


「善処って。その返事が一番やらないやつですよね」


カイルは何も言わなかった。図星だったらしい。


---


三日目の夕方、ヴィア家の館が見えてきた。


「あれが、俺の家です」


カイルが指差した先に、古い屋敷があった。


森の中に佇む、石造りの館。三階建てで、蔦が壁を覆っている。窓は多いけど、どれも暗い。人の気配がほとんど感じられなかった。


「……広いですね」


「広いだけです。今は俺しか住んでいないので」


「一人で?」


「はい。両親は亡くなりました。使用人もいません」


さらりと言われて、返す言葉が見つからなかった。この広い屋敷に、たった一人。それがどれだけ寂しいことか、私には想像もつかない。


馬を厩舎に繋いで、私たちは館に入った。


---


中は、外観以上に古めかしかった。


埃っぽいわけではない。掃除はされている。でも、空気が重い。何十年も、何百年も、同じ場所に同じものが置かれてきた。そういう重さ。


「こっちです」


カイルが先導して、廊下を進む。壁には古い絵画が掛かっていた。人物画が多い。男の人、女の人、老人、若者。みんな違う顔、違う服装。でも、どこか似た雰囲気がある。


「この絵は?」


「歴代の当主です。俺の先祖たち」


「みんな、勇者に仕えてきた人たち?」


「はい」


何十枚もある。数えきれないほど。千年分の歴史が、壁に並んでいる。


カイルは階段を下りていった。地下に続く階段。空気がひんやりと変わる。


「記録庫は地下にあります」


---


地下室の扉を開けた瞬間、息を呑んだ。


本だ。本、本、本。壁一面の棚に、びっしりと本が詰まっている。革張りの背表紙、古い羊皮紙、巻物。どれも年代物に見える。部屋の中央には大きな机と椅子があって、燭台がいくつか置かれている。


「これが、記録庫です」


カイルが燭台に火を灯した。薄闇の中に、本の背表紙が浮かび上がる。


「ここにあるのは、すべて勇者に関する記録。勇者記、災厄の記録、各地の伝承、研究書。千年分の歴史が、この部屋に収められています」


千年。その時間の重みが、ずしりとのしかかってきた。


私はゆっくりと棚に近づいた。背表紙に触れる。指先に、古い革の感触が伝わる。


「触っても、いいですか」


「どうぞ。ここにある記録は、あなたのためのものでもありますから」


私のため。勇者である私のため。まだ実感が湧かないけど、そういうことらしい。


---


「これを見てください」


カイルが棚の一角を示した。そこには、他とは少し違う装丁の本が並んでいる。背表紙に番号が振ってある。一、二、三……三十一まで。


「勇者記です。初代から三十一代まで、すべての勇者の生涯が記録されています」


三十一冊。三十一人分の人生。三十一回の生と死。


私は震える手で、「三十一」と書かれた本を取り出した。一番新しい勇者記。私の、一つ前の前世。


「三十一代目、アシェル」


カイルが言った。


「災厄のない時代に生まれ、戦うことなく生涯を終えた勇者。俺の母が、彼に仕えていました」


「お母さんが……」


「はい。だからこの勇者記は、母が書いたものです」


私は本を抱えて、机に向かった。椅子に座り、表紙を開く。古い紙の匂いがした。


最初のページには、こう書かれていた。


『三十一代目勇者アシェルの記録。記録者、イレーナ・ヴィア』


イレーナ。カイルのお母さんの名前だ。


私はページをめくり始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ