ご自愛、時々、世界救済 〜召喚先で自分を愛したら、呪われた魔王も救われちゃってました?!〜
「無能め、疾く去れ! 我が国に貴様のような役立たずはいらん!」
豪華絢爛な謁見の間。冷たい石畳に膝をつきながら、私、佐藤めぐみはぼんやりとその声を聞いていた。
地球での社畜生活。死ぬまで働いて、やっと解放されたと思ったのに――
(……あぁ、またこれか。頑張って、尽くして、最後はボロ雑巾みたいに捨てられる。どこへ行っても同じなんだ……)
胸の奥が、冷たく冷えていく。それは怒りというより、深い、深い失望だった。
――でも。
「……分かりました。すぐに出ていきます」
その時、私は心に決めた。
ここは、全てが新しい、未知なる場所。
もう、誰かのために笑うのはやめよう。
この新しい人生は、何よりも、誰よりも――私自身のために使い切ってやるんだ――
日も暮れかかった時間。城門の外に放り出され、背後で重々しく門が閉まる音。
「……いや、普通、明日の朝まで待つとかしない? 現代なら通報案件だよこれ」
と、心の中で毒づきながらも、フラフラの足で宿を探す。
賑やかな大通りを避け、路地裏で見つけた古びた、でも清潔な宿。
「食事はだせん。代わりにそこは好きに使っていい。」
と無愛想な店主はキッチンに目をやる。
「それでいいです」と即決。
今日は他に客はいないようだ。
自分以外誰もいない宿のの静けさに、少しだけ心が安らぐ。
「不安だけど、考えても解決しない。今は、私の体が一番『休みたい』って言ってるから……」
なんとか不安を「後回し」にして眠りにつく。
…ピロン!…
その音に、深く眠っていためぐみが気づくことはなかった…
起きてびっくり。昨日よりずっと体が軽い。
「あれ? 若返った?」と思うほどの爽快感。
「さっさと脱出したいけど……お腹が空いてたら、いい考えも浮かばないよね」
お城を追い出された時に受け取った、多少の手切れ金。
「小さめの銀色の硬貨が10枚…今は少しでも節約しないと…」
市場でおばちゃんが「これ少し形が悪いから安くしとくよ」と言ってくれたパンと卵、牛乳を買う。
シェアキッチンでじゅわ〜っと焼ける音。
「よし、いい色……」
ひっくり返すと、そこには見事な黄金色の焼き目がついていた。
「あぁ、この音、この香り。私、今、幸せだなぁ……」
高級なスパイスも、煌びやかな飾りもない。けれど、今の私には、この立ち上がる甘い湯気が何よりの贅沢に感じられた。
(……前世では、朝食なんて立ちながらパンを詰め込むだけだった。自分のために、こうして火を使って料理するなんて、いつぶりだろう)
じわり、と胸の奥が温かくなる。
お皿に盛り付け、フォークを手に取ったその時だった。
「……いい香りね。一口分けていただけないかしら?」
鈴を転がすような、けれど有無を言わせぬ響きを持った声。
振り返ると、そこには古びた宿には似つかわしくない、透き通るような肌を持った絶世の美女が立っていた。
唖然とする私をよそに、彼女は差し出されたフォークを受け取ると、一切れのフレンチトーストを優雅に口に運んだ。
「…………」
咀嚼の音が止まる。
彼女の美しい眉が、ほんの数ミリ、跳ね上がるように動いた。
(えっ……まずかった? 卵、傷んでたかな。それともやっぱり、砂糖がないと味気ないよね……)
私の不安をよそに、彼女はゆっくりと飲み込むと、再び無表情に戻って私を凝視した。
「……これ、なんていう料理なの?」
「えっ、あ、フレンチトースト、といいます。砂糖や蜂蜜が無かったのでパンと卵と牛乳だけの、簡単なものですけど……」
「そう。……砂糖や蜂蜜があったら、どうなるの?」
「ええと、もっと、こう……幸せが弾けるような味に、なると思います」
私の言葉に、彼女はもう一度、ピクリと眉を動かした。
「そう。……なら、またそちらをいただかないといけないわね」
彼女はそれだけ言うと、テーブルの上に小さな革袋を置いた。
「お礼よ。次会うときはエリーと呼んでくださると嬉しいわ」
そう言い残し、風のように立ち去る背中を見送りながら、私は呆然と呟いた。
「……エリーさん…か…」
「ってまた来るの!?」
――数分後――
「……なんだったの、今の美人……」
手元にはお金の音がする袋。でも、お皿にはまだ冷めかけたフレンチトーストが残っている。
我に返った私は少しでも体力をつけるために食べ進め、最後の一口を、自分のために噛み締める
誰かに食べさせるためでも、評価されるためでもない。
最後の一口は「自分のため」に――
「冷めても……美味しい。私、本当によく頑張ったなぁ、前世でも、昨日も。なんなら今も!」
自分を心から肯定し、自分を愛する気持ちがMAXになったその時――
ピロン!
「……っ!?」
突然、視界が白く染まり、ホログラムが浮かび上がる。
* スキルの開示
* スキル名:【自愛の巡り(めぐり)】
* 効果: 自身が幸福を感じるほど、周囲の負(呪いや傷)を浄化し、エネルギーとして還元する。
* 現在のステータス: 自己肯定感の上昇により、魔力がオーバーフロー気味。
「なにこれ!? わけわかんないけど……身体が軽い。羽が生えたみたい。」
「……このまま調子がいいとは限らないよね……よし、今のうちにこの力とこのお金で、王都を出よう!」
〜隣国、とある一室〜
そこには、一人の青年の驚きの表情があった――
「…なぜだ。身体が軽い…呪いが…弱まっている…?」
「アムレット〜アムレット行きだよ!」
「まだ1人乗れますか!」
「あいよ!小銀貨3枚だ!」
(そうだった!お金…エリーさんにもらったもの…)
チャリン♪
(あれ?これ、なんだろう…)
袋の中には小銀貨10枚と、底には大きめの金貨らしきものが入っていた。
それは奇しくも、城で受け取ったものと、初めて見る別のもの。
(あっ、とりあえずお金払わなきゃ)
御者の人に小銀貨を渡す。
「はいよ。さぁ出発するよ!みんな乗った乗った〜!!」
馬車はおもちゃのようにガタガタと揺れながら、王都の大きな門をくぐり抜けた。
私の掌には、美女から渡された革袋。
その中には、一枚だけ色の違う、明らかに他より重い黄金色の硬貨が光っている。
「あの…」
御者のおいちゃんに尋ねる。
「少し大きめの黄色の硬貨って……見たことありますか?」
御者台に座る、日に焼けたおいちゃんが、ひょいと荷台にいる私の方を覗き込んだ。
「……お嬢ちゃん、そりゃあ大金貨じゃないかい?平民の俺たちは一生目にすることのない代物よ。急にどうした?」
「この前人づてに聞いて…それって、どれくらいの価値なんですか?」
「どれくらいって……。贅沢しなけりゃ、1年は暮らせるぜ。」
1年……。
(だいたい小銀貨が1枚1000円くらいで物価が3分の1くらいとすると…………。あのフレンチトースト、一切れ、百万円!?)
私の心臓が、今日一番の速さで脈打ち始める。
前世であんなに必死に働いて、身を削って、それでも貯めるのに苦労した金額が。
自分を大切にして、ただ「シンプルなフレンチトースト」を味わっただけで、巡り巡って舞い込んできた。
ピロン!
『 称号【幸運の巡り手】を獲得しました。ご自愛レベルが上昇しました。』
目の前にホログラムが浮かぶ。
まただ…
私は袋をぎゅっと抱きしめて、王都の空に向かって、ありったけの声で叫んだ。
「えぇええええええええええ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
私の新しい人生は、どうやら、とんでもない方向に転がり始めたらしい。
――まあ、なんとかなるか。
だってお腹はいっぱいだし、ポッケには1年は暮らせるだけのが入っているんだから。
(続く?)




