第五話「ファンレター作戦」
大学の食堂で、俺と菜月は昼食を食べていた。
「私、カイトにファンレター書いてみようかな」
俺は口の中の中華そばを吹き出しそうになった。我慢する代わりに思い切りむせた。
「ちょ、大丈夫? もう、焦って食べないの」
違います、菜月、あなたのとんでも発言のせいです。
「ゲホッ! いや、ファンレターって、いきなりなんで?」
「私を救ってくれた恩人がカイトでしょ? なのに私今までお礼を言ったことないな、って気づいて」
いや、礼という名の赤スパなら毎回頂いておりますから。
「べつに、そこまですることないんじゃない? カイトって人気なんでしょ? ちゃんと読んでくれるかも分かんないしさ」
嘘です。会社に届いたカイト宛のファンレター全部読んでます。隅から隅までありがたく拝読させて頂いております。
でもそんなこと言えるわけがない。
「カイトなら読んでくれそうな気がするの。配信してても、こまめにコメント拾ってくれてるし」
うっ、確かに俺は少しでも多くのコメントを読むように心がけてる。数あるVTuberの中から、わざわざ俺の配信を見に来てくれた人への俺なりの感謝のつもりなのだ。
「私、やっぱりファンレター書く!」
「えぇー……」
そんなことしなくてもいいのに。古参ファンツッキーさんこと菜月は、毎日カイトの配信の感想を言ってくれるから助かってますので、どうかファンレターなんて書かないで下さい。
「ね、今日帰りに文房具屋に寄ってもいい? ファンレター用のレターセット買いたいから」
ここは彼氏としては了承せざるを得ないではないか!
「う、うん。分かった」
+++
「可愛いー! 見て見てこのレターセット! めっちゃ可愛くない?」
子供みたいに無邪気にはしゃぐと、黙っているときのツンとした雰囲気とは違い、一瞬で空気を柔らかく変える。
俺の彼女可愛すぎないか? 見て見て! この可愛い女の子、俺の恋人なんですー!
そう叫びたくなった俺。
「んー、でもカイトのイメージカラーは黒だから、やっぱり黒がいいかなー」
何色だろうが紙切れ一枚だろうが、貰ったファンレターは本当にありがたく読ませて頂いておりますからぁ!
「うん! やっぱりこっちの黒の方にする! カイトっぽくていいよね」
「そう……だね」
黒を基調にしたレターセットを手にレジに向かう菜月。全身から喜びが迸っている。
レターセットを買った帰り道、菜月は黒瀬カイトの良さをひたすら俺に教えてくれた。何なら俺より黒瀬カイトを知ってそうな勢いである。
「この前の配信でカイトのマイクの調子が悪くなっちゃって、そのときにカイトの声が入ったんだけど、その声が慎吾くんに似てたから、思わず赤スパで彼氏の声に似てるって送っちゃった。コメント欄ちょっと荒れちゃって申し訳なかったなー」
菜月がしょんぼりしている。確かにあの時は若干荒れたけど、すぐに収まったから、そこまで落ち込まないでほしい、と言えたらどれだけ楽だろうか。
言いたくても言えない、このジレンマ。
「あのさ、VTuberって他にもたくさんいるんでしょ? どうしてカイトだけ応援するの?」
俺の純粋な疑問。数あるVTuberの中で俺を選んでくれたきっかけは教えてもらったけど、三年間もあれば途中でもっとイケてるVTuberにも出会ってるはずだ。
「うーん……私も途中で他のVTuberを見たりしたことあるんだよね。でも何か違うなって思っちゃうの。カイトの語りかけるような優しい話し方とか、たまに見せる少年みたいな純粋さとか、他のVTuberにはない“なにか”がカイトにはあるんだよね」
そこで菜月が俺を見る。
「だから結局、カイトに戻ってきちゃうの。カイトは私のホームみたいな感じ」
これが世に言う浮気しても最後は結局、元鞘というやつか。多分違うだろうけど。
「いいなーカイトは。菜月にそんなに思ってもらえて」
菜月が慌てふためく。
「私慎吾くんの事もちゃんと大好きだよ! さりげない優しさで、いつも私を守ってくれるし、暑苦しいくらいカイトのことを語っても、嫌な顔一つしないでちゃんと聞いてくれるし。慎吾くんの事もしっかり好きなんだからね!」
今度は俺が慌てふためく番だ。そんな風に思ってくれてたなんて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、どう反応すればいいか分からなくなる。
だから、代わりに俺は黙って菜月の手を握った。少しでも俺の菜月への思いが届きますようにと祈りを込めて。
「ふふ、慎吾くんの手って大きくていつも温かいよね」
「手が温かい人は、たしか冷たい人が多いんだっけ?」
「慎吾くんだけは別だよ。心も温かいから」
これ以上俺を惚れさせないでくれ! なんて罪作りな恋人なんだ!
俺達は手を繋いだまま帰路についた。
+++
「じゃじゃーん! 不肖、菜月、ついにファンレターを書いてしまいました〜!」
きゃー、と可愛らしく満面の笑みを見せる菜月。
「あのね、ファンレターなんて初めてだから、慎吾くんに見てもらって、おかしな所が無いか確認して欲しいんだ」
「え! お、俺が?」
「お願いします! 帰りにパフェおごるから!」
「いや、別に奢らなくていいし、てかパフェ食いたいの菜月の方だろ」
思わず笑ってしまう。
「バレたか! ね、お願いします!」
んー、ここは読むべきか読まざるべきか!? 先にネタバレするようなもんだしな〜、どうするかな〜。
「やっぱりダメ?」
不安げな菜月にNOなどと言えるわけがなく。
「仕方ないなー。今回だけだよ」
「よろしくお願いします!」
サッと手紙が差し出される。
俺はその手紙を手に取り、封筒の中から便箋を取り出して、そっと視線を走らせた。