第四話「俺の彼女の耳が良すぎる件」
「き、気のせいだよ! ほら、似た声の人なんていくらでもいるって」
俺はわざと声のトーンを高くした。
「気のせいじゃないもん! さっき大声出したときの慎吾くんの声、あのよく通るイケボはカイトにそっくりだったもん!」
ヤバイ。冷や汗が止まらん。
確かに、みんなに聞こえるように若干声を作ってしまったのは事実だけど、まさかそれだけで勘づくなんて、菜月カイトガチ勢すぎる……!
「ほら、よく言うじゃん? 自分に似た人がこの世には三人くらいいるって。それだよ、ね!」
菜月は疑いの眼差しで俺を見ている。見てくれるのは嬉しいけど、今の俺は見てほしくない! 痛い! 視線がめっちゃ痛い!
しかし救いの神はいた。チャイムが鳴ったのだ。
「あ、二コマ目始まるよ! 行こうよ菜月」
「うん……」
釈然としていない顔だけど、今は勢いで乗り切るしかない!
菜月の小さな手をとって、俺は走り出した。
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大学から帰ってきた俺はベッドにダイブした。
疲れた……。
まさか声でバレそうになるとは。
俺が黒瀬カイトを演じる時は、声を若干作ってる。会社専属のボイストレーナーの人に声を黒瀬カイトのビジュアルに合うように改善してもらった。
別に素の声でも良かったけど、美麗なイラストで描かれた黒瀬カイトを演じるなら、それに見合った声がいい、そう思ったのだ。
でもそれが功を奏して、イケボなんて言われて人気に火がついた要因の一つでもある。
それがまさか菜月に勘付かれるなんて、彼女は一体どれだけのカイトファンなんだろうか。
とりあえずマネージャーの佐久間さんに連絡しておこう。
『今日大学で彼女に声バレしそうになりました。このままだと確実に俺の胃に穴が開きます』
送信して三十秒も経たずに返事が来た。
『彼女の前では細心の注意を払うように言ったはずです。声にも今後気をつけるように。あと胃痛が酷ければ消化器科に受診してください』
今日も今日とて素っ気ない返事に、もう笑うしかない。
胃痛がこのままガチでやばくなったら言うとおりにするか……。
俺はベッドから起き上がり、配信の準備を始めることにした。
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「昨日の続きからです、よろしくねみんな。昨日は確か廃墟探索で終わったよね。そこから始めまーす」
運営からプレイするゲームは大体決められてる。ゲーム会社側からリリースするゲームに興味を持ってもらいたい時とかに、VTuberやYouTuberにプレイするよう依頼する。
全部のゲームがそうではないけれど、今やってるホラゲはまさにそのパターンだ。
ホラーに耐性があるから、俺はサクサクとゲームを進めていく。
そして終盤に差し掛かった頃に、突然マイクの調子が悪くなった。コメント欄が「カイトの声が聞こえない」で埋め尽くされる。
俺はいったんゲームを中断して、マイクの調子を見る。画面ではアバターが動かないまま。
マイクの端子を別の端子に入れ直す。
「おっかしいな……これでいけるはずなんだけど」
顔を上げるとコメント欄が高速で流れている。よく見ると、「今の声カイト?」「誰かいるのかな?」等のコメントであふれてる。
(やっば! マイクミュートにするの忘れてた!)
やっちまったと思いつつ、俺は何でもないふりしてまた話し始める。
「みんな聞こえるー? あ、聞こえるか。良かった。ちょっとマイクの調子が悪くてごめんね!」
そのまま何事も無かったかのようにゲームを再開する。内心ではパニクってるけど、黒瀬カイトはそんなことで動揺なんてしない。
しばらくゲームをプレイしていると、赤スパが飛んできた。って、またツッキーさんこと菜月じゃん!!
「スーパーチャットありがとう! えー……“さっきの声私の彼氏の声に似てたのでびっくりしました”さっきてなんのこと? わかんないなー」
どうか切り抜きされませんように、と俺は祈った。
コメント欄も『カイトの声が彼氏とか羨ましい』とか『うけるwww』など三者三様の反応だった。
ヒヤヒヤしながら何とかゲームもクリアし、俺は締めの挨拶をする。
「今日も最後までありがとう。チャンネル登録、高評価、Xのフォローなどお願いします。スーパーチャット、チャンネル登録、メンバー登録ありがとう。それでは、また」
配信画面を切り替えて、俺は今回の動画をアーカイブ化するか迷いに迷ったが、下手に隠すと炎上しそうで怖かったからアーカイブ化した。
椅子に背中を預けると、俺は疲れがドッと押し寄せるのを感じた。何というニアミス。
すると佐久間さんからメッセージが届いた。
『機材トラブルで慌てるのはプロ失格です。配信前に機材チェックを怠らないように。あとガチ恋勢のコメントは拾わないこと』
端的でぐうの音も出ない。いつもの癖で赤スパ読んでしまった俺のミスだ。
ツッキーさんこと菜月も、配信中にとんでもないコメント飛ばさないでほしい。
ガチ恋勢は、VTuber界隈では忌避される存在だ。いきすぎたコメントをすると、ブロックせざるを得なくなる。
菜月、君のカイトへの愛が重すぎるよ……。