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第三十話「俺の彼女が可愛すぎる件」


 

 

 機材のチェックをしながら、俺は配信準備を進めていく。

 それを黙って見てるのは菜月だ。彼女は配信部屋に椅子を持ち込んで、俺の斜め後ろに座っている。

 

「改めて見ると……慎吾くん凄いね。こんなに沢山の機材やパソコンにモニターを全部一人で管理してるんだもん」

 

 俺は笑った。

 

「こんなの普通だよ。こだわりの強い人なら、俺よりもっと機材に金かけてるよ」

 

「これ以上があるの!? ふぁ〜」

 

 カメラの位置を確認する。画面の中のアバターときちんと連動できてる。

 マイクのテストも問題なし。

 配信専用の画面も表示されてる。

 

「そろそろ配信時間だな」

 

 背後で菜月が慌ててスマホを取り出す音がする。

 

「よし、準備万端! じゃあ、マイクオンにするからね」

 

「うん! 声が入らないように気をつけるね」

 

 そして配信が始まる。

 

「やぁ、ふわラボ所属の、黒瀬カイトだよ。今日も来てくれてありがとう。ちょっと肩の力抜いて、一緒に過ごそう。今日は懐かしのレトロゲームっぽい新作ゲームをプレイするよ。ちょっと初めだけ触ったけど、なかなかの難易度っぽいから、グダらないように気をつけるね」

 

 マウスを動かしてプレイの準備をする。

 

「じゃ、始めるねー」

 

 ゲームをスタートさせる。8bit風で描かれる操作キャラは中々操作が難しい。思った方向へ移動するのにクセがあるからだ。

 それでもなんとかコツを掴むと、こっちのもんだ。

 最初のステージをクリアして次のステージへ。


 時折コメントも拾って読んでいく。

 するとゲームが中盤に差し掛かったとき、中ボスが現れた。異常なくらいライフがあるせいで、なかなかクリアできない。

 躍起になってプレイしてたら、赤スパが投げつけられた。


『カイト落ち着いて頑張ってー!』


 ツッキーさんからの赤スパだ。俺はチラリと斜め後ろを振り返ると、ツッキーさんこと菜月は真剣な顔でスマホからカイトの配信を見ている。


 彼女が応援してくれてるんだ、ここでいいとこ見せなきゃ彼氏失格だ。

 俺は深呼吸して落ち着くと、敵の弱点を探す。画面の僅か斜め下に隙間があることに気付き、中ボスの動きを記憶してからその隙間に入り込む。そして背後に回り込んで攻撃してライフを削ると、中ボスはあっという間に消滅した。

 コメント欄が湧いている。スパチャも投げられる。


『さすがカイト! ゲーム上手すぎて草』『よくあんなん見つけるなカイトスゲー!』『やっぱカイトの配信が一番楽しい!』


 コメントに励まされ、その後の難関もクリアしていき、かなり手こずったラスボスも何とかクリアできた。エンドロールでゲームの感想を述べつつ、リスナーのみんなに感謝の言葉を述べる。

 そして楽しい時間には終わりがある。


「今日も最後までありがとう。チャンネル登録、高評価、Xのフォローなどお願いします。スーパーチャット、チャンネル登録、メンバー登録ありがとう。それでは、また」


 締めの挨拶をし、画面を切り替えてアーカイブ化する。ホッと息をついて椅子の背もたれに体を預けると、背後から菜月が興奮した様子で俺に沢山の感想を伝えてくれた。


「本当に楽しかったよ! 何度もハラハラしたけど、カイトは絶対に諦めないからクリアできるって信じてた!」


「ありがとう菜月。あと赤スパもね」


「昨日宣言したでしょ? 赤スパ投げるから、って。赤スパの投げるタイミングって結構難しいんだよ?」


 菜月はそう言うと、俺の椅子をくるりと回して自分の方へと向けた。菜月の頬が興奮で微かに紅潮していた。


「ね、目を瞑って! 絶対に目を開けちゃダメだよ!」


「いきなり何? 怖いんだけど」


「怖くないから! ほら早く!」


「分かった……」


 目を閉じる。菜月の気配を感じる。

 と、その時だった──


 唇に柔らかな感触。俺は驚いて思わず目を開けてしまった。目の前に菜月の顔があって、さらに驚いた。


「もう! 目、開けちゃだめって言ったじゃん!」


 菜月が真っ赤な顔で俺から遠ざかる。

 俺はパニクっていた。


「な、え? なんで……」


 菜月が下を向いて照れ臭そうに言う。


「カイトと慎吾くんへ、ゲームクリアできたご褒美……嫌だった?」


「……嫌じゃなかった。むしろ好きかもしれない」


 菜月がますます赤くなる。


「そういうこと言わないの! 今日だけだからね!」


 部屋から出ていこうとする菜月の手を掴み、俺は立ち上がった。


「え、なに……」


 菜月が振り返った瞬間、俺は菜月の可愛らしい唇に口づけしていた。


「な、な……慎吾くんのバカ!」


 そう言ってついに菜月は顔を真っ赤にしたまま部屋を出ていってしまった。

 俺は俺で自分の大胆さに驚いてた。


 でもいい気分だった。俺は機材を片付けると、おそらくリビングにいるだろう菜月を追った。


 まだまだ俺たちの道は始まったばかりだけど、菜月と俺なら何でもできそうな気がした。


 

 

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