第二十八話「俺と彼女の嘘と真実」
菜月の家に向かうと、言ってたとおり、菜月は玄関前で佇んでいた。
「菜月!」
俺の声に菜月が振り向く。
「慎吾くん……」
菜月の側に行き、俺は息を切らしながら菜月に聞いた。
「一体どうしたんだよ。何かあったの?」
菜月は真っ赤に腫らした目を泳がせた。
「あの、こんな所だとあれだから、近くに公園あるから、そこに行こ?」
「あ、あぁ」
菜月に導かれて俺たちは公園にやってきた。
二人でブランコに腰掛けた。
菜月はなかなか話を切り出さない。だが俺は辛抱強く待ち続けた。
「あのね、慎吾くん。私慎吾くんに嘘ついてた」
菜月の声が震えている。
「嘘って、どんな?」
菜月は深呼吸をすると、意を決したように口を開いた。
「私、カイトのことが好き。恋愛感情の意味で」
俺は覚悟していたが、喉の奥に何かがつっかえるような感覚がした。
「でも慎吾くんのことも好き……私最低だよね。たとえヴァーチャルな存在だとしても、二人の人を好きになって、慎吾くんを裏切ってた」
「そんなことない! 俺は……」
なんて言えばいいのか分からなくて言葉が出てこない。
「そんなことあるよ! 慎吾くんの優しさに甘えて、カイトのこと本気で好きなの隠してたんだから!」
菜月は目元を擦った。
「だからね、慎吾くんにも本当のことを言ってほしいの」
菜月が俺の方を見る。
「慎吾くんも嘘ついてるよね?」
俺は頭が真っ白になった。
ここで俺がカイトだと告白してもいいのだろうか。
佐久間さんのやり取りが思い出される。
『告白か別れるか、どちらかを選択しなさい』
菜月は素直に告白してくれた。俺がここで逃げるのは卑怯じゃないのか?
俺は立ち上がると、菜月に向かって土下座をした。
「ずっと……ずっと隠しててごめん! 俺が黒瀬カイトなんだ!」
頭上で菜月が泣く声が聞こえる。
俺はゆっくりと顔を上げた。菜月の瞳からポタリポタリと涙が溢れてはこぼれていく。
菜月は目元を拭いながら、衝撃的なことを言った。
「……私、知ってた」
囁くように菜月は言った。
俺は息を呑む。
「私、ずっと信じたかった。カイトは慎吾くんじゃないって。だってカイトを見るたびに、どんどんカイトを好きになって……慎吾くんはそんな嘘つきの私のことを大切にしてくれて……でもそれがずっと怖かった」
菜月は息を吸った。
「他の人はきっと理解できないと思う。慎吾くんと同じくらいカイトが好きな気持ちを。架空のキャラクターを好きになるなんて、普通に考えたら異常だもん」
「そんなことない!」
「そんなことあるよ! 誰にも理解されないよ、こんな気持ち。」
菜月の声は震えていた。必死に感情を押し隠そうとするその表情が、余計に痛々しい。
「俺には菜月の気持ちが分かる!」
立ち上がって菜月に向かって訴える。
「だって、菜月が好きになったカイトは、俺が必死に作ってきた“俺”なんだ!
中身のない虚構なんかじゃない。三年間の俺の想いも、努力も、弱さも全部詰め込まれてる。だから……それを好きだって言ってくれる菜月を誰が否定できるんだよ!」
菜月の肩が小さく震えた。目を伏せたまま、絞り出すように言う。
「じゃあ私……ずっと嘘つきじゃなかったの?」
俺は必死に訴えた。
「菜月は嘘つきなんかじゃない。菜月は俺と俺が生きてきた証を好きになってくれただけだ」
俺は立ち上がった。
「嘘つきなのは俺の方だ。こんなに思ってくれてた菜月に、俺がカイトだって言えなかった。こんな冴えない平凡な俺が、あんなキラキラしてるカイトを演じてるなんて、現実とのギャップで嫌いになられたらどうしようかって、俺はずっと怖かったんだ。」
二重生活が壊れるのが怖かった。菜月に幻滅されるのが怖かった。別れ話を切り出されるのが怖かった。
ずっと俺は怯えてた。
「嫌いになんてなるわけない。時々カイトと慎吾くんが重なった時、私はギャップなんて感じなかった。生身のカイトが側にいてくれてるみたいで嬉しかった」
沈黙のあと、菜月の目からまた涙がこぼれる。
そして菜月は立ち上がって俺の背中にそっと手を回すと優しく抱きしめてくれた。
「私、なんて幸せ者なんだろう。こんなにも私を好きになってくれる人が恋人だなんて」
俺は声を作り上げると、菜月からそっと距離を置く。
「ツッキーさん、俺ツッキーさんのこと大好きだよ」
菜月が驚いて目を丸くする。
でも次の瞬間には顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「ありがとう、カイト。私カイトが好きで本当に良かったです」
今度は俺から菜月を抱きしめた。
「でも今日みたいに赤スパ投げまくるのはダメだよ。ツッキーさんのお金なんだから無駄遣いしてほしくない。それに他のリスナーにツッキーさんのこと悪く言われてほしくないから」
「ごめんなさい。私、今日はもう限界で……どうしても自分を抑えきれませんでした」
菜月の顔を覗き込む。
「今は大丈夫?」
「はい! 大丈夫です」
「良かった。それじゃあそろそろ帰ろうか」
俺はなつきの手を引いて歩き出した。




