第二十七話「彼女からの赤スパ事件」
今日は雑談配信だ。
俺は機材のチェックを入念にする。もう前みたいに凡ミスをするのはごめんだ。
全てのチェックをし終えると、待機所の様子を見る。昨日菜月は配信を見ると言ってた。この膨大なコメントの中に菜月は静かに潜んでいる気がした。
どうしてか、菜月の昨日の顔を思い出し、胸がざわめく。
時計を見る。配信時間だ。
俺は待機画面から配信画面に切り替える。
「やぁ、ふわラボ所属の、黒瀬カイトだよ。今日も来てくれてありがとう。ちょっと肩の力抜いて、一緒に過ごそう。今日は雑談配信です! コメントどんどん書き込んでいってね」
序盤の滑り出しはいつも通りだった。
たまにマシュマロを読みつつ、コメントも拾って読み上げる。
和やかな雰囲気だった。ゲーム配信の時とは違う、まったりした空気感。
配信時間が中盤に差し掛かった頃、赤スパが投げられる。ツッキーさんだ。
だがコメントが書かれてない。
その後も定期的に無言の赤スパがツッキーさんから投げられる。
(菜月、何がしたいんだ? )
俺は疑問に思いつつ、雑談を続ける。
時間は刻一刻と過ぎていく。
菜月の無言の赤スパにコメント欄もざわつき始める。
俺も菜月のお金の使い方に脅威を感じ始めてる。今の時点でかなりの金額を菜月は使ってる。
やめさせたい。でもどうやってやめさせたらいいのか分からない。
LINEを送って気をそらすか?
いや、菜月は配信中は基本的に他の全てをシャットアウトしている。
俺は思い切って話しかけた。
「赤スパたくさんありがとうね。でもそんなに沢山赤スパいらないよ、自分のお金大事にしてね!」
俺の呼びかけが菜月に届きますように……。
祈るような気持ちで俺は画面を見た。
するとやっと菜月の赤スパが止まった。
(良かった……聞いてもらえた)
ホッとした俺は、時計を見る。あと少しで配信時間が終了する。
少しでも多くのコメントを読んでいく。
その時だった。
ツッキーさんから、また赤スパが投げ込まれる。今度はコメント付きだ。
コメントを黙って読んでいく。その内容に指先が冷たくなっていく。
『黒瀬カイトさん、私……あなたのことが好きです』
何も答えられない。
コメント欄が徐々に荒れ始めてきた。
こんな時にどんな反応をすればいいんだ?
以前のときは、軽いノリで流したけど、このコメントからは軽いノリで流せない何かを感じる。
背中に冷や汗が伝う。
何か喋らないと……! 何か!
「え、えっと、ツッキーさん赤スパありがとう。なかなか過激……って言ってもいいのかな、とにかくこれ以上は赤スパ投げないでね、お金を無駄遣いしないで」
やんわりと釘を刺す。だけど菜月は止まらなかった。
また赤スパを投げてくる。
『冗談で言ってません。私は本気であなたのことが好きなんです!』
だめだ! 菜月が話を聞いてくれない!
コメント欄ではツッキーさんへの攻撃的なコメントが増えてきた。
『いい加減にしたら? カイトが困ってるのがわからないの?』『リアコ怖すぎ』『病院に行くことをおすすめする』
菜月が悪しざまに言われることに怒りを覚えるが、そんなことを言えるはずもない。
「ツッキーさん、とりあえず落ち着こう、ね? 一回深呼吸しよ? 俺もするから」
攻撃の的になった菜月の赤スパが止まる。俺は耳の奥で鼓動が脈打つ音を聞いていた。
突然消えたツッキーさんに、コメント欄が鎮まっていく。でもツッキーさんへの攻撃的なコメントはまだまだあった。
「みんな、なんかごめんね! 俺のせいで空気悪くしちゃって。みんなもあんまりカリカリしないで。でないと俺悲しいよ」
攻撃的なコメントがなくなっていく。
安堵と菜月の精神状態への心配で、混乱してきた。
だけど幸いなことに、配信終了時間がやってきた。
「あ、そろそろ終わりますね! 今日も最後までありがとう。チャンネル登録、高評価、Xのフォローなどお願いします。スーパーチャット、チャンネル登録、メンバー登録ありがとう。それでは、また」
配信画面を切り替える。またアーカイブ化に頭を悩ませる。前と同じだ。このままアーカイブ化しなければ、切り抜きで炎上しそうだし、かといってアーカイブ化してツッキーさんが俺のあずかり知らない所で攻撃の対象になるのも嫌だ。
結局、俺はアーカイブ化することにした。
「一体どうしたんだよ菜月……」
機材の電源を落としながら、俺は菜月が心配でたまらなかった。
スマホを見るが菜月からの通知は来ていない。
俺は迷いに迷った末、菜月に電話をかけることにした。
数回のコール音の後、菜月の声が聞こえてきた。その声は涙声だった。
「菜月? どうしたの? 何かあった?」
自分でも白々しいと思った。さっきのやり取りを俺がしていたくせに。
「ごめん慎吾くん……。私いま慎吾くんに会いたい」
「今から? でもご両親は……」
「もう寝てるから大丈夫。ねぇ、会ってくれないの? 私のこと嫌いになった?」
「そんな嫌いになるなんて、ありえないよ」
「だったらお願い……会いに来て。玄関前で待ってるから」
そういうと、俺の返事も聞かずに電話が切れた。
俺は迷いつつ、家を飛び出した。
いまの菜月の精神状態が心配だった。




