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第二十四話「忘れかけていたもの」


 

 

 先日の菜月の件で、俺は自分を責めることが多くなった。

 恋人に嘘をつき続ける後ろめたさ。

 リスナーには恋人がいないと言ってる嘘。

 俺の世界は嘘と虚構の世界で成り立っている。

  その最たるものが黒瀬カイトだ。


 そんな中でも俺は今日も配信する。俺を待ってくれてるリスナーがいるから。

 こんな──嘘だらけの俺を応援してくれる人たちがいるから。


 俺はマイクの位置を調整し、ちゃんと俺の動きと連動するかのチェックをする。マイクも異常なし。ヘッドホンからゲーム音が流れてる。ヘッドホンも異常なし。

 今日プレイするゲームの画面を予め配信画面に映しておく。

 マウスを握る手が微かに震えてるのを感じる。緊張なんていつぶりだろうか。


 配信時間が迫ってきた。


「大丈夫……俺はカイト。焦らずいつも通りに配信するだけ」


 深く息を吸って吐き出す。手の震えが止まる。

 俺は黒瀬カイト。大丈夫、誰も石田慎吾のことなんて知らない。

 だから俺は全力で黒瀬カイトを演じきるんだ。


 配信時間になった。

 マイクをオンにする。


「やぁ、ふわラボ所属の、黒瀬カイトだよ。今日も来てくれてありがとう。ちょっと肩の力抜いて、一緒に過ごそう。今日はこのゲームをプレイしようと思います。結構難易度高めらしいから、気合を入れてがんばります」


 ゲーム画面のスタートボタンをクリックする。

 ムービーが流れる。そしてプレイヤーが操作するキャラクターが動かせるようになると、俺はキャラクターを操作して迫りくる敵を倒していく。


 コメント欄を見ると早速ツッキーさんが赤スパを投げてきた。


「スパチャありがとう! 頑張ってクリアしてください──オーケー! 頑張るよ」


 菜月からのスパチャに一瞬動揺する。その動揺が手に伝わってしまい、キャラクターが敵に体当たりされて死亡する。


(何やってんだ俺! しっかりしろ!)


 また始めの場所からリスポーンする。いかに敵に見つからず、敵を倒していくか。

 神経を集中させながらも、コメントを時々拾って読んでいく。


 俺が順調に進めば『ナイスゥ!』『いけるいける!』『やっぱうまい!』などと応援してくれるし、途中でキャラクターが死ぬと『カイトならいけるがんばれ〜』『カイトならまだできる』『敵が強すぎなだけ』と励ましてくれる。


 ──みんなの期待に答えなきゃ。


 フラついてた意識がはっきりしてきた。

 そうだ、俺は虚構でもいい。一人でも俺を応援してくれる人がいたなら、それに全力で応えるだけだ。


 さっきまでのプレイが嘘のように、俺が操作するキャラクターの動きが先鋭化していく。

 敵の動きがクリアに見える。どう動けばいいのか勝手に手が動く。

 気分が高揚していく。


『カイトかんば!』『すごっ! ラストステージまで来ちゃった』『さすがカイト!』

 コメント欄も盛り上がってくる。

 スパチャも読み上げていく。


 あと少しでクリアできる。

 やるんだ俺。お前ならできるだろ、黒瀬カイト!


 そしてついに画面にCLEARの文字が表示された。


『やったー! おめでとうカイト』『かっこいいーカイト!』『カイトならできると思ってた』

 コメント欄が祝福の嵐になる。


 俺は爽快な気分だった。初期の頃の俺みたいに、何度失敗しても食い下がっててっぺんを目指す。

 忘れかけていた感情を思い出し、俺は目頭が熱くなる。


「みなさんのお陰でクリアできました! めっちゃ難しいゲームだったけど、凄く楽しかったです! よかったらみなさんもプレイしてみて下さいね! 今日も最後までありがとう。チャンネル登録、高評価、Xのフォローなどお願いします。スーパーチャット、チャンネル登録、メンバー登録ありがとう。それでは、また」


 マイクをミュートにし、配信画面を切り替える。そしてアーカイブ化して一息つく。

 こんな気持ち、いつぶりだろう。

 全身が疲れてるのに、凄い爽快感を味わってる。


 あぁ、ここ最近、ずっと菜月のことで悩んでたからか。悩みすぎて、黒瀬カイトにも影響が出てたんだ。純粋にゲームを楽しめなくなってた。でも今日は違った。

 まさに初心忘るべからず。


 俺はもう悩んだら駄目だ。悩むとカイトが慎吾に引っ張られてしまう。

 そろそろ俺は腹を決めなければいけない。

 ずっと引き伸ばしていたことに決着をつけなきゃならない。

 それがどんな結果をもたらすのかは分からない。

 だけど今の中途半端なままじゃいけない。

 佐久間さんや運営には迷惑をかけるかもしれない。だけどもう逃げない。


 黒瀬カイトとして、石田慎吾として、俺は菜月のことで決着をつけるべきなんだ。

 椅子の背もたれに身を委ねながら、俺は目を閉じた。

 ──どんな選択をしても、後悔しない。

 俺が選ぶ道を俺は信じると決めたから。


 

 

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