第二十二話「ケーキと彼女と俺の家」
菜月の献身的な看病のお陰で、俺は無事に体調が復活した。
配信も順調。なにも言うことなし。
だと思ってた。
「え? 俺の家に来たい?」
「うん。この前行ったときは看病だったでしょ? 今度は慎吾くんが元気な状態でお家にお邪魔したいな、って」
俺は苦悶する。見られて困るのは配信部屋だ。またクローゼットにしまうしかないのか。
「ダメ?」
首を傾げて上目遣いはやめてくれー! それされると何でもOKしたくなるから!
俺は悩みに悩んだ末、「い、いいけど、なんもないよ俺の部屋」と言った。
菜月は嬉しそうに笑顔を見せる。
「いいの! 慎吾くんといるだけで楽しいから」
健気! 圧倒的健気さ! こんなの断ったら男が廃るだろ!
結局俺は受け入れるしかないのだ。
「いいよ。いつ来る?」
「明日とかダメかな?」
明日は普通にゲーム配信だな。よし、いける。
「いいよ。じゃあ大学終わったら一緒に俺ん家に行こう」
「やったー!」
+++
そうしてやってきた、菜月が家に来る日。
菜月は朝からハイテンションだった。
俺の家に来るのがそんなに嬉しいのだろうか。自分で言うのもなんだけど、男子大学生の部屋とは思えない殺風景な部屋だ。
全ての講義が終わり、放課後になると菜月が近寄ってきた。
「慎吾くん! 一緒に帰ろ!」
「うん」
菜月が俺を急かしてくる。そんなに急かさなくても、俺の家は消えたりしないのに。
小さい子みたいにはしゃぐ菜月が微笑ましい。
そうだ、家に帰る前にケーキ屋にでも寄ってケーキ買おう。菜月が好きなケーキを全部買ってあげたい。看病のお礼も兼ねて。
そんなわけでケーキ屋に寄ると、菜月は目を輝かせてケーキを選んでいた。
無邪気な菜月も可愛いなぁ。
+++
家に着くと俺はエントランスのロックを解除し、エレベーターで自分の部屋に向かう。
家の鍵を開けて中に入ると、菜月を招き入れる。
「何もない部屋だけど、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
菜月がソロリと中に入る。
「この前は遠慮なく家にいたのに、なんで今日はそんなに緊張してるんだよ」
思わず笑ってしまう。
菜月は頬を膨らませて目を眇める。
「だってあの時は必死だったから、彼氏の家にいるって緊張感を感じる余裕もなかったんだもん」
「彼氏の家……か」
言われると改めて俺と菜月は恋人同士で、家という狭い空間にいることを認識させられるてしまい、俺まで緊張してきた。
「な、なんもしないから心配しなくていいから!」
菜月の肩が跳ねる。
「きゅ、急にそんなこと言わないでよ! 私慎吾くんのこと信用してるから、その……そういうことするなんて思ってないから」
それはそれで、男としてどうなんだろうか。
いやいや、俺たちはまだまだピュアなお付き合いの最中だ。手を握るより先なんて、恐れ多い……というか、俺がどうしたらいいのか分からない。情けないな俺。
配信部屋以外の部屋でメインで使ってるのはリビングだ。ソファーにローテブル、テレビとゲームプレイに対応してるブルーレイプレーヤーくらいしかない。
菜月をダイニングに連れてきて、俺は紅茶の用意をする。実家の母親がこの前、野菜や米と共に送ってきたのだ。コーヒー派の自分にはいらないから、あげると書いてあった。広告のチラシの裏に。
まさか役に立つ日が来るとは思ってなかった。
ティーカップなんて小洒落たものなんかあるはずもなく、俺はマグカップに紅茶を注いだ。
砂糖だって百均で買った何の飾り気もないシンプルな入れ物。菜月はミルク入れる派だろうか? 入れるなら後で持っていこう。
「お待たせ。こんなカップしかなくてごめんな。砂糖は入れる?」
「うん。二杯だけでいい」
「ミルクは?」
「いらない。ストレートでいいよ」
菜月に紅茶を渡すと、クスクス笑ってる。
「なに?」
「なんか男の人って感じがして、おかしくなっちゃって」マグカップを揺らして菜月は笑った。
「男の独り暮らしなんてこんなもんだよ」
「そう? それにしては部屋とか全然物ないよね」
部屋を見渡す菜月が言う。
「俺あんまり物欲とかないんだよね」
「そうなんだ。にしても前の時も思ったけど、慎吾くんの家大きいよね。独り暮らしの学生とは思えないくらい。家賃とか高かったりする?」
「まぁ、そこそこ」
「羨ましいな〜。私も独り暮らししてみたい」
「独り暮らしって、何かあった時はかなり困るよ。この前風邪引いた時みたいに」
そこで俺は、まだ菜月にちゃんとお礼を言えてなかった事に気づいて、正座をして菜月に向き直った。
「え、なになに?」
「この前は、俺の看病してくれて、本当にありがとう。この通り俺ん家何もないから、本当に助かった。感謝してもしきれないくらいだよ」
「そんなの別にいいのに。私は慎吾くんが大切な人だから、大切な人が困ってる時に助けるのは当たり前の事じゃない? ただそれだけ。変に気を使わなくていいからね」
やっぱり菜月は中身も美しい人だ。今度菜月に何かあったら、俺が助けてあげないと。
「ね、それよりどのケーキにする?」
「俺そこまで甘い物好きってわけじゃないから、菜月が好きに食べてくれたらいいよ。何だったら全然食べてくれてもいいし」
「そんなの絶対にダメ! ほら、ちゃんと選ぶ!」
「分かった。じゃあ抹茶のやつにしようかな」
「私はチョコレートのやつ!」
菜月がホクホク顔でケーキを頬張る姿が可愛い。
あー、俺の彼女最高すぎるだろ!
ケーキを全部食べ終わり、今度は菜月がゲームしたいというから、ブルーレイプレーヤーでプレイすることになった。
「このゲーム、前にカイトがしてたやつだ! あ、そのゲームも!」
ドキッとする。配信でするゲームは基本パソコンでプレイするけど、暇な時とかに気分転換でここでゲームしたりする。
まさか菜月、カイトがプレイしたゲームを全部覚えてたりしないよな?
対戦ゲームを菜月とするが、なかなか操作がうまくいかず、菜月は癇癪を起こした。
「もー! なんでうまく行かないの? てか慎吾くんゲーム上手すぎ!」
ふてくされる菜月の横顔すら可愛らしい。もう菜月は可愛いの権化だと思う。
「気分転換にジュースでも買ってくるよ。何がいい?」
「んー……コーラ!」
「オッケー。じゃ、言ってくる」
財布を尻ポケットに突っ込んで、俺は家を出た。




