第二十一話「隠し事はなんですか?」
体が寒いのに熱い。全身が震える。
「寒い……」
「慎吾くん? どうしたの?」
菜月が俺の顔を覗き込む。
「……寒い」
「熱が上がってるんだね。でもこれで汗をかいたら熱が下がると思うから我慢してね」
俺は布団を鼻まで被って頷いた。
しばらくして額にひんやりした感触がした。それが菜月が水で絞ったタオルで俺の額を拭ってくれてるのだと遅れて気づいた。
「菜月……?」
「だいぶ汗かいてきたね。寝間着どこにあるの慎吾くん?」
「そこのクローゼット……」
菜月はクローゼットから寝間着を取り出すと、俺の側に座った。
「慎吾くん、また起き上がれる?」
「ん……」
俺は上半身を起こした。
「うわっ、凄い汗かいてる! ほら、腕上げて」
言われるがまま、黙って腕を上げる。濡れた服が肌に張り付いて気持ち悪い。
「んしょっと。タオルで体拭こうね」
俺はぼーっとしたまま、菜月が拭いてくれるタオルの感触の心地よさを堪能していた。
「あのさ、慎吾くんって隠してることある?」
ぼんやりした頭はろくに回らなくて、俺は「ある」とだけ言った。
「どんな嘘?」
「たくさん……たくさんウソついてる」
だめだ、また眠くなってきた。
「あ、寝ちゃダメ! 先にお薬飲まなきゃ」
菜月の手からカプセルがまた口に入れられて、水を飲まされる。
「慎吾くん、ウソついてるんだ……」
「うん……」
何に対して頷いてるのかもよく分かってない俺は、再び布団に潜り込む。
「おやすみ、慎吾くん」
菜月の優しい声を聞くと安心する。
安らかな気持ちのまま、俺は眠りについた。
+++
意識が浮上する。頭が少し痛む。俺のベッドに凭れるように菜月が寝ている。あれ、なんで菜月が俺の家に居るんだろう。
そうだ、風邪ひいてて、菜月が来てくれて──それ以降が思い出せない。 菜月が心配して来てくれたんだろうか。
体温計をサイドテーブルから取って、脇に挟む。
しばらくして電子音が鳴る。37.5度。
だいぶ熱が下がってる。
俺はトイレに行きたくなって、菜月を起こさないようにベッドから降りた。
トイレから出てキッチンを見ると料理を作った形跡があった。
全然覚えてない。菜月が作ってくれたんだろう。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出して一気に飲む。カラカラだった喉も体も満たされていく。
ふと配信部屋が視界に入る。
………………あああああっ!!!!
思い出した! 菜月が来るって言って慌ててパソコンやら機材をクローゼットに押し込めて……その後なにしたっけ!?
心臓が早鐘を打つ。
でもまだ体がだるくて思考がまとまらない。
俺はミネラルウォーターを持ったままベッドに戻った。
その時、菜月が目を覚ました。
「うーん……あっ、寝ちゃってた! 慎吾くん? もう起きても大丈夫なの?」
菜月が心配そうに俺の額に手を当てる。
「うん。だいぶ熱下がったみたい」
「さっき体温計で測ったら37.5度だった」
「そっかぁ、良かった」
「ごめんな菜月。俺の面倒見させたみたいで」
菜月は俺の顔をじっと見つめてくる。
「ねぇ、慎吾くん」
「なに?」
「慎吾くんって隠してることある?」
もう動揺しない。ウソです。めっちゃ動揺してます。
「いや、なにも隠してないよ」
「ふーん、そっか」
菜月はそれ以上聞いてこなかった。何だったんだ……。
「風邪引くなんて何年ぶりだろ」
「そういえば私も最近風邪引いてないなー」
「ありがとうな、菜月。色々してくれて。菜月がいなかったら、俺どうなってたか分からないよ」
「彼女としては彼氏が困ってるのを見過ごすことなんてできません。なんてね」
「菜月様のお陰です」
「ふふ、もういいよ。ほら、まだ熱あるんだから横になってて。またお粥作ってくるから。あ、雑炊のほうがいい?」
「菜月が作るものならなんでも嬉しい」
「慎吾くんってば、いつからそんなに口が上手になったの?」
笑いながら菜月がキッチンに行った。
横になりながら俺は幸せを噛みしめていた。
菜月は見た目だけじゃなくて性格もいいなんて、完璧すぎる。
隠し事ばっかの俺とは大違いだ。
キッチンからいい匂いが漂ってきた。雑炊にしたんだな。
俺は菜月のやさしさにひたすら感謝していた。




