第十七話「俺、凡ミスをする」
それは本当に些細なことだった。
久しぶりの雑談配信。
バックに流れる曲は俺のオリジナル曲。この前菜月とデートしたときに歌わされた、あの曲だ。
リスナーと雑談しながら、無意識にバックに流れる曲を口ずさんでしまった。
『カイトの生歌ktkr』『生歌最高! もっと歌って!』『イケボすぎて草』
コメント欄を見て俺は我に返る。あぶねー! なに無意識に歌ってんだ俺は!
「あはは、この曲好きだからついつい歌っちゃった。みんなは俺の曲でどれが好き?」
コメント欄が俺の曲の曲名で埋め尽くされる。
「あ、ちょっと飲み物取ってくるねー」
俺はキッチンに向かう。
「水、水は〜っと」
その時スマホが震えた。画面を見ると佐久間さんからだ。配信中にメッセージは珍しいなと思ってメッセージを読むと、『またマイクミュート忘れている。あと地声が聞こえてる』と書かれていて、俺の血の気が引く。
急いでパソコンの前に行くと、確かにマイクがミュートになってないし、コメント欄が『今の地声?』『地声っぽく聞こえた』『カイトの地声解禁!』などとざわついてる。
俺は何やってんだ! 前はマイクトラブルでミュートし忘れたけど、今日のはガチのナチュラルにミュートし忘れてた!
おまけに地声聞かれてしまった! ヤバイ!
「ただいまー! お、なんかコメント欄が騒がしい。地声? え、俺なんか言ってた?」
白々しく言う。コメント欄は『言ってた』で埋め尽くされてる。
「まぁ、そんな日もあるかもねー。じゃあさっき言ってたことだけど……」
もう強引に話題を変えるしかない。そしてコメント欄が鎮まるのを待つしかない。くっそ! マジで俺何やってんだ!
狙い通りコメント欄が鎮まり始める。
良かった……いや、よくないわ! 凡ミスすぎだろ!
そのまま時間が来るまで、俺はリスナーと雑談配信をした。そして終わりを迎えた。
「今日の配信アーカイブ化したくない……」
でもそんな事したら再びリスナーが騒ぎ始めるのは目に見えてる。
俺はため息と共にアーカイブ化した。絶対に切り抜きされるんだろうな……。
そして案の定、地声の部分が切り抜きされて、配信見てなかった人たちまで騒ぎ始めている。
うあああ! やめてくれー! 何でもするから神様助けてー!
すると佐久間さんからメッセージが。
『今すぐ会社に来なさい』
怒ってる! 佐久間さんめちゃくちゃ怒ってるじゃん! てかこれは運営になにか言われる! でも行かないとさらに大変なことになる! どの道俺ピンチに変わりなし!
しょんぼりしながら俺は会社に行った。
+++
控室に通された。机の上にはタブレット。画面には切り抜きのサムネが並んでる。そして仁王立ちする佐久間さん。
「昨夜の選曲、私情だろ。地声も出た。軽い火がついてる。ここで誤魔化しを重ねると燃えるぞ」
ひいいいっ! めちゃくちゃ怒ってるよ佐久間さん!
「……すみません」
「彼女を大事にするなとは言わない。だが配信に持ち込むな。それから身元秘匿、交際公表NG、顔出しNG──契約は守れ」
「……はい」
「今回のことは運営にも上がってる。Xでもトレンドに入ってしまった」
「……は……い」
もう俺はひたすら頷くマシーンと化していた。佐久間さんの冷え冷えとした声が恐ろしい。胃がギリギリ軋んでる。
「ある意味黒瀬カイトを知らなかった人の目につくバズり方でもある」
「……は…………い」
「とにかく今後の配信では細心の注意を払え。コメント欄で拾うコメントにも注意を払え。今の生活を崩壊させたくなければ、下手な真似をするな。わかったか」
「……はいぃ……」
ひたすら佐久間さんからお叱りを受けたあと、俺は痛む胃を擦りながら帰路につく。
どうしてこうなった。
気の緩みと言われたらそれまでだ。
俺のプロ意識が低下してた。俺は黒瀬カイトなんだから、リスナーの夢を壊しちゃいけないのに。
めちゃくちゃ凹みながら俺はマンションに入っていく。自分の部屋を開けて中に入る。
そのまま冷蔵庫を開けて水を飲む。くっ、この水のせいで!
いかん。辛すぎて責任転嫁してしまった。
大学の課題でもして気を紛らわそう。
そうしてるうちに、配信の時間が迫ってきた。
こんなに配信をしたくないと思ったのは、黒瀬カイトになってから初めてのことだ。
だが配信はしなければ。三年間、よほどの事情がない限りは、配信をし続けてきた。
こんなことでへこたれてちゃダメだろ俺!
パシンッと両手で頬を叩く。
「よし! やるぞ! 負けるな俺!」
機材の準備をしてXで配信予告してから配信を開始する。
コメント欄は昨日のミュートし忘れ地声事件で湧いていた。
「やぁ、ふわラボ所属の、黒瀬カイトだよ。今日も来てくれてありがとう。ちょっと肩の力抜いて、一緒に過ごそう。 昨日はお聞き苦しいところを聞かせてごめんなさい! 今日はゲーム頑張って配信するから、挽回させて下さいね!」
コメント欄が騒がしいけど気にしない。ピンチはチャンス。バズったなら新規のリスナーさんが増えるチャンスだ。
そして案の定、新規のリスナーさんがコメント欄に次々と現れる。
俺はそれを丁寧に拾って、見に来てくれた事への感謝を述べる。
新規リスナーが定着するかどうかは、俺のトーク力にかかってる。
ここまで来たんだ。あとはやるだけだ。
こうして俺のぷち炎上は、新規リスナーを獲得することで幕を閉じた。




