第十五話「最近俺の彼女がわかりません」
一瞬、息が詰まる。
「そ……そんなわけないじゃん! 俺がカイトみたいな人気のあるVTuberと一緒にするだけで、菜月にもファンにも失礼だって!」
「本当に違う?」
菜月が首を傾げて上目遣いで聞いてくる。菜月のあどけない可愛さへのドキドキと身バレするかもというドキドキで、俺の心臓は破裂しそうだった。
「絶対に違うから!」
「そっか……それじゃあ今度カイトの配信一緒に見ようよ」
こ……れは、試されてるのか?
どう切り抜けたらいいんだ! 考えろ! 考えろ俺!
「ふふ、なーんてね、冗談だよ、慎吾くん」
「へ? 冗談?」
俺は今凄い間抜けな顔をしてるだろう。
「当たり前でしょ? カイトの配信って夜遅くまでするのに、慎吾くんと一緒に配信見るなんてお父さんが許さないよ」
「なんだ……そっか、冗談か。びっくりした。菜月があんまりにも真剣に言うからさ」
「私って演技派でしょ?」
「アカデミー賞取れるかもね」
あはは、と菜月が笑う。良かった……冗談で。
て、いやいや! 電話で泣いてた件がまだ解決してない!
「菜月さ、なにか言いたいことがあるなら──」
「あ、もう一コマ目始まっちゃう。行こう慎吾くん!」
サッと俺に背を向け歩き出す菜月。やっぱり壁がある気がする。
何が菜月の心の中で起こってるんだろう。俺にすら言いたくないこと。でも言いたいけど我慢してる様にも感じる。
頭が痛くなるほど悩みながら、俺は菜月の後を追った。
「今日も最後までありがとう。チャンネル登録、高評価、Xのフォローなどお願いします。スーパーチャット、チャンネル登録、メンバー登録ありがとう。それでは、また」
今日は菜月からのスパチャがなかった。コメント欄にもツッキーの名前は見なかった。
もしかして、もう黒瀬カイトに飽きてしまったとか?
それはそれで悲しいけど、石田慎吾としては助かる。
でもなぁ、と機材をオフにしながら考える。
あの夜中の電話が気になりすぎて、どうしても真相を知りたいのだ。
あの時、菜月は「嘘はつけない」と言ってた。なんの嘘なんだ?
俺は菜月に嘘をついてる。最低だけど。
でも菜月は? 泣きながら嘘はつけないと言う原因はなんだ?
考えても考えても、思考がループするだけで、なにも答えが見いだせない。
「コレじゃあ彼氏失格だよな」
悩んでる彼女を助けることすらできない無能な彼氏。
俺がカイトみたいな人間だったらな、とどうしようもないことを考える。
「だめだー……俺はどうしたらいいんだー」
防音の壁に俺の声が吸い込まれていく。
菜月を助けたい。楽にしてあげたい。
気持ちばかりが逸る。
+++
菜月はあれから表面上はいつもの菜月に見えた。
「慎吾くん! 今日は一緒に帰れるよね」
「うん。どっかに寄り道する? この前行きたいって言ってたパンケーキ屋にでも行く?」
「んー、魅力的なお誘いだけど、やめとく。バイト代入る前だし無駄遣いできないから」
「そっか、わかった」
それからの菜月はカイトの配信に一向に現れなかった。やっぱりカイトのこと飽きたのかな……。
いや、いいんだ。菜月が赤スパ投げなくて済むじゃないか! お金の心配しながらコメントを読むスリルは味わいたくない。
もしかしてコメントは書き込まないけど、配信を見てる可能性もありかも。
って、駄目だし! 菜月がカイト見限ってくれたら、俺はもう菜月に嘘をつき続けなくてもすむんだから!
これでいいんだ。そう、これで……
+++
大学での菜月にも変化が訪れていた。
鞄にあれだけカイトグッズを付けてたのに、全部外してしまってる。講義のときに並べてたアクスタもチェキも持ってきてないみたいだ。
なんだろうか、これはこれで寂しいというか、菜月の急激な変化に俺が付いていけてないだけなのか。
試しに俺は菜月にさり気なく聞いてみた。
「菜月、最近カイトの話、全然しないけど、もう飽きたの?」
直球すぎたか!?
ドキドキしながら返事を待つ。
菜月は首を振った。
「そんなことないよ。ただ、今はカイトを見るのが辛くて」
「辛い? どうして?」
「私の個人的な問題って言うのかな? だから私が納得するまで、カイトを封印してるの」
「じゃあ配信とかも見てないの?」
「それは見てる」
良かったー! 配信見ててくれたんだ!
て、だめじゃん! なんで喜んでんだ俺は!
「じゃあ、菜月の問題が解決したらカイト解禁だね」
「うん! その時は思いっきり赤スパ投げまくってやる!」
それはやめて! 俺の胃と心臓に悪いから!




