第一話「俺の彼女は、俺推しのファンです」
あくまで私の想像上のVTuber界隈であり、実在する会社とは関係ありませんのでご了承ください
俺は今日も生配信をする。
チャンネル登録数二百万人を突破する人気VTuber、それが黒瀬カイトであり中の人である俺、石田慎吾である。
「今日も最後までありがとう。チャンネル登録、高評価、Xのフォローなどお願いします。スーパーチャット、チャンネル登録、メンバー登録ありがとう。それでは、また」
俺はマイクをミュートにし、画面を閉じてさっきの配信をアーカイブ化する。
パソコンの電源を落としてふと部屋の時計を見ると、深夜一時。大学から帰ってきてすぐに配信し始めたから、結構な時間配信してたことになる。
「ちょっと長すぎたかな。明日は日付跨がないようにしなきゃな」
反省しながらキッチンに行く。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、喉の乾きを潤す。配信中も飲み物を飲んでるけど、ゆっくり飲めるのは配信が終わってから。
俺は冷凍庫から冷凍チャーハンを取り出して、レンジに入れてボタンを押す。
スマホを見ると恋人の篠田菜月からLINEが来てた。
『今日もおつかれさま〜! 浦田教授の講義どうだった? 私の友達はキツイってよく言ってたよ。ところで明日大学のカフェで話したいことがあるから来てくれないかな? 一コマ目ないよね? その時間帯に来てほしいの』
話したいことってなんだろう、と思いつつ『オーケー。行くね』と返信しておく。そこへレンジの電子音が部屋に響く。俺はレンジを開けてチャーハンを皿によそって食べ始めた。
この不規則な生活も改めなきゃな、と毎日思ってるのに、思ってるだけで実行する気が中々起きない。
夜はVTuberにとってのゴールデンタイムだ。数あるVTuberの中から黒瀬カイトを見てもらえる貴重な時間。
初めの頃なんて同接が百桁いけば大喜びしてた。そんな俺がチャンネル登録数二百万を突破か……。
毎日地道に配信を続け、運営に助けてもらいつつ、何とかこの三年間続けてこられたのもファンのおかげだ。
その中でも初期から応援してくれてる古参ファンもいる。ツッキーさんというアカウント名の人だ。昔から俺の配信のコメント欄にコメントをしてくれて、盛り上げてくれる貴重な存在。
近頃はツッキーさんが赤スパを頻繁に投げてくれるから、内心ちょっと心配してる。お金のことだから、金銭的に大丈夫なのかな、と思ったり。
スパチャを投げてくれると素直に嬉しい。だけどスパチャがなくても、俺の配信を見て反応してくれるだけでも十分嬉しいのだ。
それにしても、と隣の部屋の配信部屋を見る。
防音の壁にマイクに黒瀬カイトと俺の動きが連動するようになってるカメラ、複数のモニターに高性能のパソコン二台。
俺……頑張ったよなぁ。
最初の頃なんて中古のパソコンにスマホのカメラで黒瀬カイトと俺の動きを連動させてたもんな。
地道に頑張ってきた結果が今の俺であり、黒瀬カイトでもある。
と、そのときスマホが震える。
画面を見るとマネージャーの佐久間さんからのメッセージ。
今日の配信の良かったところと改善点が書かれてる。俺と運営との橋渡し役がマネージャーの佐久間さんだ。
そう、俺は数々のVTuberが所属している会社「ふわラボ」に所属してるVTuberだ。
チャーハンを食べ終わり、あとは風呂に入って寝るだけ。
寝る前に菜月にLINEで『おやすみ』と送る。俺みたいな平凡な男子学生の彼女になってくれた、ガチで可愛い俺の恋人。神様ありがとう。
そんな事を思いながら俺は眠りについた。
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朝日がカーテンの隙間から差し込んできて、その眩しさに強制的に目が覚める。
時計を確認すればまだ二コマ目まで時間がある。そろそろ起きて大学に行って菜月に会わなきゃなと思っていると、スマホのディスコードから同じ事務所の先輩からコラボ配信の打診が来た。俺は佐久間さんに確認を取ると、オーケーが出たのでコラボの日程を決めた。
そんな事をしていると目が覚めてきたから、俺は大学に行く準備を始めた。
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大学に着くと菜月にLINEを送る。彼女はたしかカフェにいるはずだ。
『大学についた。今カフェ?』
すぐに返信が来た。
『うん、カフェにいるよー』
俺はカフェに足を向けた。
大学のカフェにしては中々小洒落た雰囲気のその場所は結構人気がある。
窓際の席に菜月を見つけて駆け寄った。
「おはよう菜月」
窓の外を見ていた菜月が俺に気づいて笑顔になる。整った顔立ちはまるで雑誌のモデルみたいなのに、笑った瞬間に可愛らしさがこぼれ落ちる
いまだ彼女の可愛さに慣れない俺は、挙動不審になりながら菜月の前の席に座った。
「あのさ、慎吾くん……」
どことなく真剣な空気に俺は「振られる!?」とドキドキしていた。
「慎吾くんはオタクとかに偏見あるタイプ?」
唐突な質問に頭がはてなマークに支配されるけど、少なくとも別れ話ではなさそうで安堵した。
「俺は別に気にしないよ。趣味なんて人それぞれだし」
そもそも俺なんてVTuberやってるし、とは言えない。
菜月はスマホを何度も弄ってはテーブルに置く、の動作を繰り返している。
「言いにくい事なら無理して言わなくてもいいよ?」
「そ、それじゃあだめなの!」
キッと俺を見つめる菜月の瞳には何かの決意が宿ってた。
スマホを手に取り何やら操作している。
俺は黙ってその様子を見つめている。
「あの、ね……実は私オタクなんだ!」
「さっきも言ったけど、そんなの気にしないよ」
「違うの! 普通のオタクじゃないの!」
オタクに普通ではないオタクがあるのかと疑問に思っていたら、菜月はスマホの画面を俺に見せた。
「私ね、VTuberの黒瀬カイトの大ファンなの!」