エピローグ:果てなき空の彼方へ
「で、結局、あのロケットはどうなったんだ?」
数年後、拓海は都心の高層ビルにある宇宙ベンチャー企業のオフィスで、新人たちに熱弁を振るっていた。ホワイトボードには複雑な軌道計算の式がびっしりと書かれている。彼の手元には、真新しい素材で作られた、手のひらサイズのロケット模型が置かれていた。
「あの『スカイハイ・ドリーム』は、大学の記念館に飾られています。僕たちの挑戦の、最初の証として」
拓海の隣には、美咲が座っていた。彼女は今、このベンチャー企業のリード・アビオニクス・エンジニアとして、小型衛星の姿勢制御システム開発を統括している。彼女の指先は、ディスプレイに映し出された複雑な回路図の上を淀みなく滑っていく。
「あの時のデータが、今の私たちの基礎になっているわ。特に、通信が途絶した原因を徹底的に解析したおかげで、今の高信頼性システムが生まれたのよ」
健太は、今やこの企業の製造部門を率いるベテランになっていた。彼の指示のもと、最先端の3Dプリンターが、驚くほど複雑な形状の部品を次々と生み出している。
「あの頃のハンドレイアップも悪くなかったがな。今の複合材料は、あの時の百倍は強度が出せる。溶接じゃなくて、電子ビームで接合する時代だ」
彼は、時折、遠くを見つめる。きっと、あの荒野でのロケット回収の日々を思い出しているのだろう。
沙織は、大学の研究室に残っていた。彼女の研究室のフラスコの中では、これまでになく高効率で、かつ安全な新型推進剤が、静かに開発されている。彼女は、今も「燃焼の真理」を探求し続けているが、その研究の先に、いつか自分たちが作ったロケットを宇宙に送り出す夢が明確に見えていた。
「理論が、現実を動かす。あの時、拓海がそう信じさせてくれたから、私はここにいるわ」
そして、五十嵐教授。彼は、フリーフライトの「裏ボス」として、今も大学で学生たちのロケット開発を支援し続けていた。彼の研究室の壁には、「スカイハイ・ドリーム」の写真が飾られ、その隣には、彼らの次の目標である「Kármán Line到達」の文字が掲げられている。
「彼らは、私の果たせなかった夢を引き継ぎ、そして、さらにその先へと進んでいる。教え子として、これほど誇らしいことはない」
教授は、遠い空を見上げ、満足げに微笑んだ。
拓海は、新人たちを見回し、語りかけた。
「僕たちの夢は、決して『高度10km』で終わらなかった。そして、『カーマン・ライン』も、通過点に過ぎない。ロケット開発は、諦めなければ、常に新たな地平を切り拓ける」
彼の言葉には、あの部室で、埃と格闘し、何度も失敗を繰り返した日々が詰まっていた。
窓の外には、高層ビル群の向こうに、青く広がる果てしない空。
彼らが追い続ける夢は、あの空の彼方、宇宙のさらに奥深くへと続いている。それは、一つのロケットが、多くの人々の想いを乗せて、未来へと飛び立っていく物語の、まだほんの序章に過ぎないのだった。