第5章:新たな地平へ、そして、遥か彼方へ
ロケットが着地した場所は、打ち上げ場から数キロメートル離れた、予想外の荒野だった。小石と乾燥した草木が広がる不毛の地を、拓海たちは必死に駆け抜けた。無線から途絶えたデータが、最悪の事態を脳裏によぎらせる。もし機体が大破していたら? もし、データが完全に失われていたら? 数時間の捜索の末、ついに、視界の先にそれを見つけた。
「あった!」
拓海の声が、荒野に響き渡る。
「スカイハイ・ドリーム」は、多少の傷は負っていたものの、ほとんど無傷の状態で横たわっていた。パラシュートは機体の近くにきちんと展開され、アビオニクスを収めた区画も損傷は見られない。安堵と、かすかな希望が胸に込み上げてくる。
美咲は、震える手でフライトコンピュータを取り出した。慎重にデータを吸い上げ、管制室に戻ってモニターに接続する。砂嵐のようなノイズの向こうから、徐々に安定したグラフが姿を現した。
「データは……生きてる!」
美咲の声が、興奮で上ずる。拓海、健太、沙織も、固唾をのんでモニターを見つめた。
部室に戻り、美咲が回収されたフライトコンピュータから詳細なデータを引き出す。解析が始まった。
「高度推移、問題なし……」
「速度グラフも、シミュレーションとほぼ一致…」
沙織が、目を輝かせて呟いた。
「推進剤の燃焼効率も完璧よ! わずかなブレも修正できてる!」
健太も、機体構造にかかる応力データを見て、満足げに頷いた。
「設計通りだ。着地衝撃にも耐え抜いた」
そして、ついに。
「最高到達高度……10,245メートル!」
美咲の声が響き渡った瞬間、部室は歓喜の渦に包まれた。
「やった……! やったぞ!」
拓海は、満面の笑みで美咲と健太、沙織を抱きしめた。
「目標の10kmを超えた! 俺たちのロケットが、本当に!」
長い苦労と挫折、そして夜を徹した努力が、この一瞬で報われた。あの冷たい申請窓口の言葉も、五十嵐教授の冷徹な眼差しも、全てが遠い過去の出来事のようだった。
コンテストでの最終発表では、彼らのロケットが記録した10.2kmという高度が評価されたものの、他のチームがより洗練されたプレゼンテーションや、独自の技術アピールで高評価を得たため、優勝は逃した。しかし、フリーフライトのメンバーにとって、それは些細なことだった。彼らは、自らの手で作り上げたロケットで、掲げた目標を達成したのだ。それこそが、何物にも代えがたい「成功」だった。
後日、五十嵐教授が部室を訪れた。彼は、彼らのロケット「スカイハイ・ドリーム」の飛行データレポートを静かに読み込み、拓海たちの顔を一人ずつ見つめた。
「君たちは、本当にやり遂げたんだな」
彼の口から出たのは、これまで彼が口にすることのなかった、心からの賞賛の言葉だった。教授の目尻には、わずかながら、感慨深い光が宿っていた。
「これで、終わりじゃないだろう?」
教授の言葉に、拓海ははっと顔を上げた。五十嵐教授は、彼らのロケットを見上げ、そして遠い空を見つめた。
「学生ロケットとして、これまでの記録を塗り替える、気が遠くなるような目標がある」
彼はゆっくりと口を開いた。
「Kármán Line到達。高度100km。宇宙の境界線だ」
拓海は、美咲、健太、沙織と顔を見合わせた。高度10kmは達成できた。だが、その10倍、宇宙の入り口へ。それは、これまでの挑戦が霞むほど、途方もない夢だった。しかし、彼らの目には、恐怖よりも、純粋な探究心と、新たな挑戦への燃えるような情熱が宿っていた。
「はい、教授」
拓海は、迷いなく答えた。その声は、かつてないほど力強く、確信に満ちていた。
「僕たちの『スカイハイ・ドリーム』は、まだ始まったばかりですから」
彼らのロケットへの情熱は、この小さな成功を足がかりに、さらに大きな、遥か彼方の宇宙へと向かっていくのだった。