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第3章:飛翔への軌跡、交差する想い


拓海は、五十嵐教授の言葉の冷たさとは裏腹に、その瞳の奥に宿る複雑な感情を見逃さなかった。教授の過去に何かがある。そう直感した拓海は、教授の研究室に忍び込み、埃をかぶった書棚の奥から、古いロケットの写真と資料を見つけ出した。そこには、若き日の五十嵐教授が、満面の笑みでロケットを抱えている姿があった。そして、その横には、もう一人の学生と、機体の一部が破損した痛ましい事故の写真。拓海は、教授の言葉の裏にある「安全への強い願い」が、過去の痛ましい経験から来ていることを悟った。

翌日、拓海は再び五十嵐教授のもとを訪れた。

「教授、お話があります」

拓海は、自分たちが安全対策にどれほど真剣に取り組んでいるか、そして、夢を諦めない覚悟を、ありのままにぶつけた。教授の過去の事故についても触れ、「だからこそ、僕たちは同じ過ちを繰り返さないために、徹底的に安全を追求したいんです」と訴えた。

拓海の真摯な眼差しと、何よりも彼らの「ロケットを飛ばしたい」という純粋な情熱に触れ、五十嵐教授の頑なだった心が少しずつ溶け始めた。彼は直接的な資金援助はできないとしながらも、顔を伏せて言った。「大学の材料工学研究室の設備なら、私が手配しよう。そこの岸田教授は複合材料の専門家だ。彼に相談するといい」

教授の助言は、暗闇に差し込んだ一条の光だった。拓海はすぐに岸田教授のもとへ健太を連れて行った。岸田教授は、彼らの熱意に感銘を受け、複合材料の専門知識と、高精度なオートクレーブの使用を許可してくれた。

健太の目に、再び炎が宿る。岸田教授から最適な積層法と成形プロセスを学び、夜を徹して何度も試作を繰り返した。オートクレーブの扉が開き、完璧な曲線を描くカーボンファイバー製の機体チューブが姿を現した時、健太は静かに、だが確かな達成感に満ちていた。彼の加工技術は、この複合材料との格闘を通して、さらに磨き上げられた。

沙織もまた、五十嵐教授からの支援を受けていた。教授が提供したのは、高度な燃焼シミュレーションソフトウェアだった。これまで彼女が経験的に行っていた配合調整が、理論的な裏付けを得て飛躍的に進んだ。

「なるほど……、このパラメータが、燃焼安定性を左右する鍵だったのね!」

沙織は、大学の推進工学研究室の専門試験設備も借り受け、徹底的な燃焼試験を繰り返した。爆発寸前だった不安定燃焼は影を潜め、安定した推力曲線を描く新型モーターの開発に成功した。その試験のデータを見た美咲も、珍しく「……見事だわ」と沙織の成果を認めた。沙織は、「真理の探求」が、この「夢の実現」にこれほどまでに深く結びついていることに感動を覚えていた。

美咲もまた、自身の完璧主義と、過去の失敗の影に苦しんでいた。彼女は徹夜でフライトコンピュータのコードを書き直していたが、頭の中では「もしまた誤作動を起こしたら」「もしシステムが墜落したら」という不安が渦巻いていた。そんな時、拓海が差し入れた温かいコーヒーを手に、健太がぽつりと言った。

「完璧なんて、ロケットにはねえよ。どれだけリスクを減らせるか、だろ?」

その言葉は、美咲の凝り固まった心を少しだけ解き放った。五十嵐教授からも「リスクヘッジ」の重要性について助言を受けていた彼女は、フライトコンピュータの設計を刷新。予備システムやフェイルセーフ機構を組み込み、信頼性を飛躍的に高めた。そして、リアルタイムで飛行データを地上に送信するテレメトリーシステムも完成させた。夜空に煌めく星々のように、データがモニターに流れ込むのを見た時、美咲の表情にようやく安堵の色が浮かんだ。

チームは、互いの専門性を尊重し、意見の衝突を恐れず、議論を重ねることで、真のチームへと成長していった。健太が加工した高精度な部品が美咲のアビオニクスを支え、沙織が開発した推進剤がロケットに力を与え、美咲の制御システムがロケットの軌道を司る。そして、拓海がその全てをまとめ上げ、前へと進む力を与えた。衝突があった分だけ、互いへの理解と信頼が深まっていた。

夏の終わり、彼らのロケット「スカイハイ・ドリーム」が、ついにその全貌を現した。カーボンファイバー製の機体は陽光を反射して輝き、流線型のノーズコーンは力強く空を睨んでいる。数々の苦難を乗り越え、彼らの知恵と汗と、そして何よりも情熱が結晶したその姿は、美しかった。

打ち上げコンテストは、もう目の前だった。


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