ヒドラの市編第1章:ヒドラの市 ― 氷を追う毒蛇 ―
暗黒空間カース・スローン、魔神士たちの拠点にて、怒り狂うザガンを前にしても冷静なアドラメレクとヴァラク。しかし、次の瞬間――空間が震え、淡く金色の光が差し込んだ。 「……なんだ、この小宇宙は……!」 信じがたい気配に、魔将たちの視線が一点に集まる。その中心に、静かに歩み出た男がいた。 「久しいな……神に挑む者たちよ」 その姿を目にし、魔将全員が一瞬言葉を失った。 「乙女座……!まさか、乙女座のシャカだと……!?」 聖闘士の中でも頂点とされ、最も神に近い男とまで称された黄金聖闘士の一人。すでに死んだはずのその男が、なぜ魔将の間に現れるのか。 「裏切り……か?だが、どうして貴様が……!」 魔将たちでさえ戸惑いを隠せないまま、シャカはただ静かに目を閉じ、唇を開いた。 「世界の均衡はすでに崩れた。善も悪も、神ですらその例外ではない。ただし、私は選ぶ……新たなる秩序の側に」 その意味深な言葉を残し、シャカはアドラメレクたちと共に姿を消す。 ――そして、物語は再び地上へと戻る。
舞台は変わり、日本のある町。かつて“青銅2軍”の一角とされた、うみへび座の市。
独特の毒と再生の拳を操り、銀河戦争では惜敗しながらも粘り強い戦いを見せた男。その市が、ある異変を感じ取り動き始める。
銀河戦争一回戦、対戦カードはキグナス氷河 対 ヒドラの市。誰もが氷河の勝利を予想する中、市は持ち前の毒と不死身のような粘り強さで意外な健闘を見せた。 「勝敗は、常に顔で決まる」 氷河に敗れはしたものの、その印象的なセリフと、ニヒルな笑みを残して市は立ち去った。 その後も大きな戦果を挙げることはなかったが、地味ながら重要な局面で幾度も仲間を支え続けた男。ヒドラの聖衣から放たれるメロウポイズン――無数の毒爪は、時に敵の動きを封じ、時に味方の窮地を救った。
しかし、市の中にずっとあったのは、氷河への憧れと、彼と交わした短い戦いの記憶だった。 「キグナス……あんたは、アタシの中の“幻”になっちまったザンスか」 女神アテナと、星矢たち五人の“消失”――その事実が市に重くのしかかっていた。だからこそ、市は一人シベリアへと向かった。氷河が育った地、その氷と風の記憶を辿るために。
辿り着いたシベリアの大地。吹雪の中、ふと市の目に映る影が一つ。 ――それは、もうこの世にいないはずの男の姿だった。 「……キグナス……氷河ザンス!?」 静かに背を向ける氷河。その姿を追うようにして、市は足を進める。 「そんなワケないザンス……でも……この小宇宙、まさか、本当に――」しかし、氷河がこちらを振り向いた瞬間――その表情に“感情”はなかった。
凍てついた瞳、無言のまま近づく氷河。 そして市の心に響く、謎の声。 「夢を追う者には、夢を与える。 夢に縋る者には、終わりなき幻想を……」 その声に応じて、辺り一帯が歪み始める。 吹雪の冷気すら凍り付くような感覚。 次の瞬間、キグナス氷河の姿が、ゆらりと溶けていく――まるで幻影。 「……まさか、最初から夢ザンスか……!?誰ザンス! こんなモノ見せやがって!!」
その場に姿を現さぬまま、市の頭上に響き渡るようにして囁く声。 「私は夢幻の魔将アミー。 あなたの深層にある“幻想”を形にしただけ…… 毒蛇よ、あなたの毒は、夢をも蝕めるかしら?」 冷笑とも、慈しみともつかぬ声。 「……面白れぇザンス。なら、その幻想、喰い破ってやるザンスよ……!」 幻覚と毒の死闘が、静かに幕を開ける――。