ウルフ那智編第3章:荒ぶる峰にて、狼は呼ばれる
新たな力――ファング・クラッシャーを得た那智は、なお胸に燻る想いを抱えていた。 「まだだ……この程度では、奴らには届かない」 そしてある日、胸の奥から微かに響く小宇宙の“呼び声”を感じ取る。 まるでそれは、遠く天を突くかのような高み――。 那智は向かった。地球最高峰、ヒマラヤ山脈のエベレスト。 「なぜかは分からない。でも、俺の小宇宙があそこへ行けと叫んでいる」
気候変動が激しく、極寒と酸素の薄さが支配する地。 だが那智は、聖闘士の肉体と小宇宙で、それをねじ伏せるように登っていく。 吹きすさぶ雪嵐、崩れる氷壁、凍てつく岩肌―― 人間ならば数歩で命を落とすだろうこの過酷な山を、那智はただ黙々と登り続けた。 幾日もの孤独と闘いの末――ついに彼は、エベレストの山頂へとたどり着く。 そこで彼は立ち尽くす。眼前に広がるのは、雲を下に見る天空の世界。 そしてその頂で、彼の小宇宙が大きく脈打った。
「……来る、何かが……!」 突然、空気が変わる。冷気とは違う、凍りつくような“邪悪”な気配。 地の底から這い上がるように、黒く歪んだ小宇宙が那智を包む。 「ほぉ……なるほど。ここに導かれたのは貴様か」 姿を現したのは、黒き鎖を身にまとい、漆黒の衣を纏った異形の男。 「我が名は――ザガン。魔神士・鎖の魔将と呼ばれる者」
彼の背からは、蛇のように蠢く無数の鎖が伸び、まるで意思を持った獣のように宙を舞う。 那智は無言で構える。 心の奥で何かが囁く。 (この男……今までの奴らとは、格が違う) だが、恐れはない。 狼は一度牙を剥けば、決して退かない。 空に咆哮が響き渡る。
漆黒の空。荒れ狂う雪嵐。 その中で、狼と蛇が死闘を繰り広げていた。 「デッド・ハウリング!!」 那智が無数の風の刃を放つ! エベレストの風を切り裂き、ザガンの鎖に迫るが―― 「甘いわ……!」 「アンリミテッド・スネイク・チェーン!!」 ザガンの体から無数の蛇鎖が放たれ、風の刃を吸い込むように封じていく。 絡みつく、締め上げる、そして全方位から襲いかかる! 「ぐっ……!」 那智は防戦一方だった。 間髪入れず、ファング・クラッシャーを撃つ! 「ファング・クラッシャー!!」 鋭い連撃が鎖をいくつか切り裂くも、再生する鎖の速度が勝っている。 しかも―― (酸素が……持たない……!) 意識が徐々に遠のいていく。 寒さ、疲労、そして恐怖。 だが――那智の中で、あの教えが甦る。 「狼は、孤独だからこそ、研ぎ澄まされる」 (……魔鈴さん……!) 風を感じろ。牙を磨け。 己の小宇宙を、限界のさらにその先まで――! 「もっとだ……まだだ……!」 那智の全身から、白銀のような光がほとばしる! 「このままじゃ、終われねぇんだよぉぉぉぉ!!」 大地を震わせるような咆哮と共に、那智の小宇宙が爆発的に燃え上がる! 「これが……俺の全てだっ!!」 右腕を振り上げたその瞬間、風がうねり、牙の形を成す! 「喰らえっ!――トルネード・ファング・ブラスター!!!」
那智の拳から放たれたのは、牙を帯びた竜巻! 全方位に向かって拡散し、ザガンの蛇鎖を根こそぎ引き裂いていく! 「バカな……この鎖が……この俺が……!」 ザガンの身体を風の牙が貫き、吹き飛ばす――! 静寂が、雪嵐を包み込む。 やがて雪の中に、片膝をついた那智の姿があった。 「やった……俺は、俺を超えた……!」 その背に、確かに狼の幻影が咆哮を上げていた。