第九十五話 過去からのメッセージ2
作戦指令室には既に中将の指示の下、多くの人員が現状把握と指示された対策の為、活発に働いていた。
誰もがある程度の事情しか伝えられていないにも関わらず、誰もが『世界存続の為』と精力的に動いている。中将が誇る部下達だ。
総司令と中将が作戦指令室に入ると作業を止めて敬礼しようとしたが、それを止めて作業を続けるように促す。
それぞれ席に着くと、周囲にウインドが取り囲むように展開され、様々な情報がリスト化された状態で表示されていく。それらを中将は素早く目を走らせた。
「既に異常な降水量になっていますね。まるで滝だ」
連絡を受けた時点での一時間辺りの降水量が既に300ミリメートルを超えており、まだまだ高まる見通しだ。窓から見えるのは殆ど雨しか見えない。
更に豪雨で分かり辛いが猛烈な突風も吹き荒れている。
仮に今外に出歩いたとしたら、まるで洗濯機で洗われるかのような状況に陥るだろう。そして、すぐさま命の危険に陥るに違いない。
だが、誰も心配の表情は浮かべてはいない。総司令や中将を信頼しているとか精神的な事では無い。
「緊急用も含め、全排水システムを起動させろ!」
「はい! 全排水システム起動します」
部屋の横に投影表示された都市の概略図に、起動している排水システムが表示されている。この表示を信頼するのであれば、あらゆる箇所で緊急排水が行われている。
通常システムでは処理が追いつかず都市に溜まりつつあった雨水が急速に下がっていき、数分後には水溜まりすら見えなくなっていた。
とりあえずこれで水没という心配は無くなった。だが猛烈な雨風は未だに降り風が吹いていた。これが収まらない限りは、人々は外に出る事は出来ない。
「続いて、強制天候改変システムを走らせろ。空を晴天に戻すんだ!」
「はい! 強制天候は異変システムを晴天モードで開始します」
雨嵐の中、世界の各所から無数のミサイルが落ち上がる。
もし晴れの時に見れたなら最終戦争の様相を思い浮かべた人が居るかもしれない。が、これは豪風雨の中で打ち上げられた為、市民の誰もがその様子を見る事は無い。
打ち上げられたものは遥か上空の中で炸裂。何かを広範囲に散布した。
「全数、正常に散布したことを確認しました!」
「よし、次の段階だ。術式展開、アース回路の確認を忘れるなよ!」
先行の発射物時点から積層型魔方陣が展開し、それが紫電へと変化したかと思うと打ち上げられたかのように上空へ登っていく。
そして拡散。空全体を雷光の光で切り裂いた。
一瞬後に、暴風雨の勢いが更に強まったが、徐々に雨風の勢いが落ちていく。そして一時間もしない内に眩い太陽が顔を覗かせていた。
周囲の湿度は非常に高いが、まだ吹いていた風が湿気を攫い、水気を奪っていく。
異常とも思える暴風雨は、いとも容易く解決されたのである。
いや、容易く解決できたのは以前から、最悪の最悪、それすらも上回る事態にも対処するために備えが実を結んだのだ。
この結果に、全員が笑みを浮かべる。「どれだけの事態になっても、私達なら乗り越えられる」と自信に溢れた。
「街へ被害を確認!」
「確認します……数十件の浸水被害があったようですが、人的被害はゼロです!」
「十分な結果だ」
上々の結果だ。技術の発展に加え、魔法という物理法則に囚われない力により、想定以上の対処が可能になっている。
だが油断はしてはいけない。これはまだ予言されていたことのホンの始まりに過ぎない。これを超える苦難がまだ予定されているのだ。
「よし……状況の安全を確認出来次第、全住民の緊急避難を実施する!」
「え!?」
総司令と中将以外の全員が驚きの余り自分の耳を疑った。
今、苦難を乗り越えたはずでは? もう危機は去ったのではと。
総司令が落ち着いた口調で、皆に伝える。
「今対処できた暴風雨は、異常気象の始まりを告げるものにすぎん。この後、更なる困難が起こることを予言されているのだ。だから、万が一どうしようも無くなった時点で民衆の避難完了していないなどという事態は避けたい」
「お言葉ですが総司令。これ以上の災害が起こるような要因は何一つ観測できていません。それなのに民衆を避難させる必要はあるのでしょうか? 緊急避難……ほぼ強制的な避難をさせておいて、何も無かったとすると、流石に責任問題になりかねませんが」
「責任は儂と中将が全て取る」
総司令の目線が中将に向けられると、中将もそれに同意した。
「その通りだ。皆に責任は何一つ負わせはしない。もし何も無ければそれで良い。総司令と私が無職になるだけだ。だが、もしこれ以上の異常気象が発生し、それが我々の備えすら超えるモノであったのなら……人命が失われるかもしれない。それだけは避けなければならないのだ」
「さあ皆。事前に伝えてある対処の準備と民衆の緊急避難を速やかに行ってくれ。頼む!」
総司令の号令と『頼む』という言葉。中将の信念に、彼らは、自分が持つ疑念を一旦脇に置くことに決める。
全員が慌ただしく動き始めた。ある者は関係各所に速やかな緊急避難の実施を伝え、ある者はこれから起こるであろう異常気象に立ち向かう準備をする。
作戦司令室の窓から見える空は今の所、落ち着きを取り戻していた。
先程の暴風雨は晴天から予兆も無く発生したのだ。次にどのタイミングで予言の出来事が起こるか……
中将の睨む空の遥か向こうで、黒い重い雲と共に、稲光が走り出した。




