第九話 ギルド登録と世界の歴史
「記憶喪失な上に、世界の事を知る必要がある……ねえ」
説明のためのストーリーはこうだ。
ある時、急に過去の記憶が無くなった。記憶の手がかりを家の中で探したが、出てくる情報は自分がこの家に住んでいたという事だけ。ふと、暖炉に何か燃えていることに気が付いた。よく見ると紙で、そこには「今の世界を知れ」という言葉。程なくして紙は燃え崩れてしまったが、その見た言葉が妙に印象に残った。記憶が戻る手がかりも無いし、生活費稼ぎでギルドで働きながら、今の世界を知るために冒険をしたい……という事にした。我ながら証拠の出ない、良いストーリーじゃね?
「街に問題あるような話じゃなさそうだな。問題無ければ個人的な事にはギルド側からは深く踏み込まない。が、出来るなら医者に相談するようにしろよ? 問題あるならギルドや俺が相談に乗ってやる」
「はい。お気遣いありがとうございます」
テンプレ通りとはならなかったけど、何とかギルドに入ることが出来そう。結果良ければそれで良いのだ。
剣に付いた土を払い、鞘に納める。上空に浮かべてある巨大な剣は街中ではそうそう使え無さそうだし、今後も使えそうだ。これを腰に帯びたら、私も冒険者っぽく見えるよね? いや、そう見えなくても冒険者になったんですけど。
おっと。ライロンさんがタオルを渡してくれた。しかも冷たく絞った濡れタオル。見た目山賊なのに細かい気配り有難うございます!
タオルで汚れた所を拭き取りながら、ライロンさんに連れられて受付に戻ってきた。ギルド内には相変わらず人が居ないなぁ。
「おい、マシロ」
「はい。なんでしょう?」
おっと、受付に居た、緑髪の可愛い子だ。走るたびにツインテールが揺れて可愛いねぇ。にしても緑髪なのに名前がマシロとはこれ如何に。
「こいつはアーリィって言う。さっき言った試験で確認したから登録に問題無いと思う。ギルドメンバーとして登録してやってくれ。それと、ちょっと訳アリでな。歴史から一般常識まで色々と頭から抜け落ちているらしいから、聞かれたこと当たり前の事でも全部教えてやってくれ」
「は、はあ。分りました」
記憶喪失の不思議ちゃんは扱いに困るよね。ごめんね。私はマシロちゃんに頭を下げる。
「ああもう一つ。訓練用の剣を一本、こいつが買い取るらしいから、後で料金を貰ってくれ」
「お手数お掛けしますけど、よろしくお願いします」
マシロちゃんは見た目……10歳ぐらいかな? 労働基準法が無くても違法な気がするけどここはファンタジーな世界だから問題無いのだ。きっと。
こういった小さい子がお仕事してくれるのだから、お礼ぐらい言わないとね。
「では、此方の方へどうぞ。……フウラさん! 受付、暫くお願いします」
手を挙げているあの人がフウラさんかな? ううむ。如何にも出来るギルド受付嬢って感じだ。
ライロンさんに再度お礼を告げて分れる。マシロちゃんと部屋の隅の仕切りで隠されたテーブルに座った。
「ではまず、登録を先に済ましますね」
手渡された用紙に、名前や住所、出来る事などを書いていく。そう言えば、この世界の言葉って何故か理解できるし、読み書きも出来るのよね。異世界転移の特典なのかしら。
「あの~出来る事って何を書けば良いのかな?」
「魔法が使えるならそれを書いてください。他に特技があればそれらもお願いします。お仕事の案内の参考にするだけですので、嘘は駄目ですけど、気楽に書いてください。無ければそれでも良いので、無理に書く必要はないですよ」
魔法! この世界に魔法ってあるのね! 良いこと聞いたなあ。余裕が出来たら、魔法が私にも使えないか、調べてみようっと。
今のところは特技と言えるものは無いし、スキルの事は念のために隠しておきたいので空欄にしてこう。
「……はい、書けたよ。これで良いのかな?」
「大丈夫です。ちょっと待っててくださいね」
マシロちゃんは、用紙を受付に座っていたフウラさんに手渡し戻ってくる。
「さて、ライロンさんからお伺いしましたが、色々と教えて欲しいとのことですが、何を話しましょうか?」
「そうね……まずは、この世界の歴史みたいなのを教えてくれない?」
どういった歴史があったかを把握できれば、現状がある程度解ってくるだろうし、私が今後調べるべき所も見えてくるでしょ。
「歴史ですか。では旧暦時代の話からしますね。数世紀もの昔の話ですが、その当時は科学と魔術、技術の絶頂とも言える時代だったそうです。全ての人が安寧の内に過ごし、洗練された生活を送ったようですね。そんな世界でしたがその終わりは唐突なものでした」
「そんな世界なら簡単には終わりそうも無いけど、何があったの?」
「終わりの始まりは、自然災害からだったと記録に残っていたそうです。全てを吹き飛ばし洗い流すような雨嵐が起こり、雷が鳴り響き、地震で大地が割れ、無いはずの火山が現れて噴火したとあります。止めとばかりに、隕石が雨のように降り注いだようですね」
これには流石の私も苦笑いを浮かべるしかない。
「それは……世界が滅びても仕方ないね」
「いえ、これらは軽微な被害のみで乗り切ったそうです」
「うっそお!」
当時の世界、異常過ぎない?
「今からは想像すらできませんが、今も含めて人類史上最高峰の時代だったという事でしょうね。問題はそれを乗り切った直ぐ後に現れた魔獣です。今はカオス・ダンプティと呼ばれているそれが、その当時の世界に突如として大量に現れ襲い掛かりました。ありとあらゆる兵器、魔術が使われましたが、魔獣には全く通用せず、魔獣の攻撃は一撃で都市を吹き飛ばしたそうです」
「そんなの、どうやって倒したの?」
「倒すことは出来なかったそうです。ですが、当時最高峰の武芸者達が呪いを背負い、全員の命と引き換えに魔獣に呪いを植え込むことに成功したそうです。呪いは魔獣達全てに伝播し重複、活動エリアの制限と共に、永続的な弱体化となったそうです」
「はえ~。凄まじい話だね」
「ええ。魔獣の活動エリアが制限されたとはいえ、既に世界の大半に広がってしまったため、ほぼ全ての街は崩壊、人類が復興できる余地が無く、主要な人も大半が亡くなったため、当時の文明は滅びるしかありませんでした。生き残った人々は必死に科学技術、魔術学問を保全しようしたようですが、ヒビから水が染み漏れ出すように、文明レベルの後退は止めることが出来ず、現在に至るというのが世界の大まかな流れです。今でも見られる魔獣カオス・ダンプティの存在が、当時の話が本当である事を裏付ける証拠の一つとなっていますね」